その7 少年の推理は迷走する

「そのファイルの日付は?」


 俺はマトに訊いた。被害者のものではない、だから犯人のもの、という思考が短絡に過ぎるという自覚はあった。しかし、試験問題が存在しているのであれば、まったくの無関係と言うわけでもなさそうだ。少しでも情報があれば、それをつなぎ合わせて見えてくるなにかがあるはず――俺が徹夜で学んだことだった。


「圧縮ファイルの日付は五月十四日。花子ファイルは――五月七日ね」

「中間試験より前だな。他に中身が見られるファイルはある?」

「あとは動画ファイルの断片。一応再生はできると思う」


 そう言うとマトはメディアプレイヤを起動した。

 そこには公園らしい風景が斜めに映し出されていた。横からひょい、と手が伸びてきて、角度を調整する。そしてパタパタとフレームに収まるように女の子が入ってきた。


「西村さん?」

「! なんで……?」


 マトの押さえた口から言葉がもれる。そこに写っていたのは理乃だった。

 記憶がつながる。この場所は理乃がダンスの練習をしていた公園だ。


「これ、西村さん自身が撮影したものだよな」


 マトもうなずく。試験問題と理乃の自撮り動画が入ったPC。

 動画自体は違法なものでも流出すると困るようなものでもないが、試験問題と一緒にあることが気になる。

 このPCの所有者はこの二つのファイルをどうやって手に入れたのか。


「考えられることは一、どちらも個別に手に入れた。その場合、このPCの所有者は試験問題と西村さんの両方にアプローチができることになる。二、試験問題を持っていてもおかしくない人物が西村さんの動画を手に入れた、三、西村さんの動画を持っていてもおかしくない人物が試験問題を手に入れた、四、どちらも持っていてもおかしくない人物のPC」

「他にもあるわ。試験問題を持っていてもおかしくない人物が西村さんの動画を手に入れ、その人物から両方手に入れた。あるいはその逆」


 確かにそうだ。さらにそれぞれに対して合法、違法のパターンが考えられる。意外に可能性を絞りきれない。


「じゃあ、試験問題、あるいは西村さんの動画を持っていてもおかしくない人物がどういう人か、から考えてみるか。試験問題を持っていてもおかしくない人物は先生だよな」


 マトは「花子が入っていないのは不自然だけど」と言いつつうなずく。


「西村さんの動画を持っていてもおかしくない人物の筆頭は西村さん本人だな」

「そうね」

「そして梅屋先生」

「おかしいでしょ、それは」


 確かにおかしいことは認める。だが、ジュニアアイドルが好きで、個人撮影会にも参加している梅屋が理乃の動画を持っていても納得はできる。方法はわからないにしても。

 俺がそう言うとマトは「動機としては認めるけど」と言いながらC2サーバの管理画面を操作し始めた。


「ああ、やっぱりそうだ」


 独りごちるマトの続きの言葉を待つ。


「本当ならもっとPCのファイルのコピーが取れていてもいいはずなのよ。このPCに入ったRATは遠隔操作よりも情報を根こそぎ持って行くのが目的だから」

「どうしてあまり取れてない?」

「よくある理由は回線が細くて転送できないことだけど、このPCの場合はオンラインの時間が少ないからね。ほら、いつも夜の数時間しかオンラインにならない」


 マトは文字の羅列を指す。それがなにを意味しているのかは分からないが、「23:07:12」という時刻のところだけは読み取れた。


「それじゃ、少なくとも職員室にあるPCじゃないな」

「そうね。確かに――あれ?」


 別の情報を確認し始めたマトの指が止まる。


「職員室のESSIDが登録済みになってる」

「ESSID? なんだそれ」

「Wi-Fi」


 じゃあ最初っからそう言ってくれ。なんでわざわざややこしい言葉を使うんだ。

 あと、どうしてお前は職員室のWi-Fiを知ってるんだ。


「つまり、このPCは職員室のネットワークにつながっているってこと?」

「現時点でそうかは分からないけど」

「じゃあ先生のPCなのか」


 今までの前提が崩れていく。


「でも、そうすると昼間ずっとオフラインになっている理由が付かないわ」

「先生の個人用PCとか? 自分のPCを持ってきて、こっそり試験問題を持ち帰って家で仕事していたとかさ」

「ありそうなシナリオだけど、このPCには花子が入ってないのよ」


 そうだった。


「じゃあ、職員室のネットワークに侵入した犯人のPC」

「……」


 マトは黙り込んだ。その態度に違和感を感じた俺はふと、ある可能性を思いついた。


「なあ、ひょっとして」


 俺はポケットの中から折れたUSBメモリを取り出した。マトが「契約書代わり」と言って渡したものだ。この場所に来るときは持っていた方がいいような気がしていて、結局俺はいつもそれをポケットの中に忍ばせていた。


「これ、西村さんから回収したんじゃないの?」

「……どうしてそうだと思うんですか」


 急な敬語はバレバレだから気をつけた方がいいぞ、と心の中で思う。


「だとしたら、これは西村さんが乗っ取ろうとした梅屋のPCかもしれない」

「だから、どうしてそうだと思うんですか」


 怒ったようにマトが言う。裸眼なら震え上がっただろうが、眼鏡の奥のぱっちりとした瞳は必死に抗議をする子猫のようで、思わず笑みがこぼれる。

 マトは理乃をかばおうとしているのだ。

 俺は夜の公園で意気投合した二人の姿を思い出す。そのときのマトの言葉が蘇る。


――子供が大人の食い物にならないために、私たちは武器を持たなきゃいけない


 そうか、これがマトの言う「武器」だったのか。

 そうだとしたらマトが援助交際して梅屋から試験問題を受け取っていた、というデマを覆すことはできる。できるけど、その犯人が理乃だったら意味ないじゃないか。


「ああもう!」


 俺は頭を掻きむしって立ち上がった。


「どうしたの?」

「また嫌われてくる!」

「ちょっ、どういうこと?」


 俺は振り返らずに階段を駆け下りた。

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