第23話 タールマンは研修中 前編

アストレアシティの市庁舎の受付に、全身を黒いコールタールのような液状のスーツを身に纏った人物が早朝から駆け込む。

 「ヒーロー課で申請などの相談がしたい!」

 コールタール人間は男性の声で叫ぶ、ブロンドに眼鏡の受付嬢はそんな怪人にひるむことなく冷静に対応した。

 「まずはお名前をこちらに記入してください、三番エレベーターで五階へ」

 受付嬢が指示した入退庁舎名簿に、コールタール男はペンを受け取り丁寧な字で

ダニエル・ラックマンと記入してからエレベーターへと向かっていった。

 

 ヒーローの台所であるアストレアシティ、そんな街の市庁舎に勤める者達は全身がコールタール漬けのような姿ののダニエルを見ても驚く様子はない。

 ヒーローやヒーロー志望者が庁舎を訪れる事に、全員が慣れていた。


 ダニエルにエレベーターへの道を開ける様に避けて行く人波、ダニエルは走ってエレベーターに乗り五階へと向かう。

 受付に警備員がいたので、きちんと挨拶をする。

 「ダニエル・ラックマンだ、ヒーロー登録と生活相談に来た」

 金髪碧眼でジャーヘッドの素顔を晒して話しかける。

 「ダニエルさんですね、お話は伺っておりますよあちらへどうぞ」

 警備員がコーナーを指し示して案内する。

 「サンキュー!」

 気分が落ち着いたのか普通に歩いて向かうダニエル、その姿はコールタール漬けからトランクス一丁になっていた。

 「ノ~~~~~!」

 恥ずかしさと、衣服はおろか財布や携帯など生活に必要な物がなくなっているショックから絶叫と共に全身からコールタール状の寄生生物をドロっと出すがアスファルトの如く固まりダニエルの全身にフィットしたヒーロースーツ姿へと変化する。

 「お、おう? ドロドロしてたのが固まってスーツになった?」

 自分の全身を見て驚くダニエル、そんなダニエルを呼ぶ声がする。

 「ダニエルさん、ダニエル・ラックマンさん?」

 ダニエルが向かおうとしていたコーナーの係員の女性だった、急いで向かうダニエル。

 「すまない、ヒーロー免許の登録申請を頼みたいが身分証明証などは無い」

 落ち込んだトーンで話すダニエル。

 「でしょうねえ、これをどうぞ」

 係員の女性が朝刊を見せると一面にダニエルの住むアパートがヴィランにより爆破されて粉微塵にされていた写真が飾られていた。

 「オーマイガー! 犯人の野郎絶対に許さねえ、俺の生活が滅茶苦茶だ!」

 その様子を見て係員がダニエルのヒーロー区分をダークヒーローにチェックした。

 「事情が事情なので登録はすぐにできますし免許も発行いたします、ですが住所などは如何なされますか?」

 と尋ねてくる係員。

 「ああ、しばらくは旧住所で頼む。生活相談のコーナーは何処だい?」

 落ち込んだ調子で返事をして尋ねるダニエル。

 そんなダニエルに、係員はあちらですと奥のコーナーを示した。

 トボトボとコーナーへ向かうダニエル、そんな彼を待ち構えていたのはスーツ姿の肌の黒いマッチョな中年男性だった。

 「ダニエル・ラックマン、生活を失いパワーを得た君に良いユースがある」

 笑顔で語りかける男性、まさかこの男が後の上司になるとはこの時のダニエルは想像もできなかった。

 「パワーがなくても生活ができれば良いと、心底思ってますよ。で、良いニュースって何ですかミスター?」

 ショックで上手い返しができないダニエル。

 「ああ、良いニュースだとも当市役所のヒーローチームに就職しないかね? 今なら無試験で就職ができる上に衣食住と当座の資金も提供しよう」

 両手を広げて歓迎のポーズを取る男。

 「断りたいがホームレスはごめんだ、オーケーミスター! そのスカウトを受けるよ」

 自棄になり男の手を取るダニエル。

 「歓迎するよエージェント・タールマン、私の名はジョン・ドゥーだ」

 かくして、ジョンの誘導に乗りいつの間にかコードネームも決められたダニエルの公務員ダークヒーローの人生が始まった。

 

 そして時は流れ一週間後、新たなアパートに引っ越しを終えたダニエルの研修が始まろうとしていた。

 スーツ姿で市庁舎へ入り、エレベーターで上がり警備員にパスを見せて新たな職場であるヒーロー課へ実働スタッフ用の通路から入室する。

 ロッカールームで自分のロッカーに荷物を入れスイムスーツのようなユニフォームに着替えてからブリーフィングルームに向かう。

 「おはようダニー♪」

 すでに室内にいた人物の一人がダニエルに声をかけてくる。

 ブロンドのボブカットと豊満なボディラインが特徴的な女性、セーラだ。

 「おはよう、セーラ」

 軽く返すダニエルに他にも声をかけてくる人物がいた、緑色の蛙人間と言うに相応しい姿の成人男性フロッガーことジミーだ。

 「おはようダニエル、嫌な天気だな」

 ジミーは晴れの日が嫌いな男だった。

 「おはようジミー、汗はかきたくないよな」

 とダニエルが挨拶を返したところで、モニターが上から降りてきてスイッチが入る。

 「おはよう、ルーキー諸君♪ 今日も元気に研修に励んでくれたまえ」

 モニターに映る男はジョン・ドゥーだった。

 「おはようございます、それで今日のミッションはどんな事件ですかボス?」

 ダニエルがモニターのジョンに語りかける。

 「今日の君達の任務は水道局からの要請で下水道のパトロールだ、ルートは端末にデータを転送する」

 ジョンが笑顔で任務を伝える。

 「了解、クエストをこなして酒場で飲めるように頑張ります!」

 ダニエルが答える。

 「本当、RPGの初級クエストね」

 サラが苦い顔をする。

 「三人パーティーか、十フィート棒とランタンがいるな♪」

 ジミーが笑う。

 セーラとジミーとダニエル、市役所の実働ヒーローチームはこの三人だけだった。

 この後、彼ら三人はTRPGのセッションと同じかそれよりも酷い冒険をする事になる。

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

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