第80話 奴隷解放のお触れ

「わが国には奴隷は必要ない。お引き取り願おう」

「いやいやいや、陛下は奴隷の素晴らしさをご存じでありませんなぁ。例えばこの女、家事育児はもちろんの事ベッドテクニックも仕込んでおりまして……」

「くどい! 我が国に奴隷は必要ないと言ってるだろ! 今すぐ帰れ!」


 珍しくマコトが怒号どごうを放ち、「商品」を見せてアピールしてきた奴隷商人を追い返す。


「せめて3日間奴隷をタダで使ってみませんか? 何をしてもかまいませんし気にいらなければそのままお返しいただいて……」

「いい加減にしろ! 衛兵! コイツをつまみ出せ! 2度と俺の国に土足で入って来させるな!」


 ブチ切れたマコトが衛兵に命令する。奴隷商人はそのままつまみ出されて入国禁止措置をとられてしまった。


 この世界には奴隷が存在し、いることがあたりまえと言える位広く普及している。

 全くもって嘆かわしい事に日本から召喚された王もそれを改めるそぶりすら見せず、むしろ積極的に奴隷を使用している。

 表向きには奴隷制を採択していない数少ない国でも捕獲した魔物を実質上の奴隷とし、労働力として使っている所は多い。

 人、魔物含めて奴隷がいないのはマコトの国ぐらいしかないというありさまだ。




 そんなある日、マコトの命により「奴隷解放のお触れ」が公布された。

 御触れの内容はこうだ。


「我が国の城までたどり着けた奴隷に対し市民権を与える。性別、出身、種族、その一切を問わない。人間はもちろん、ゴブリン、オーク、コボルト、トロル……あらゆる魔物の奴隷を受け入れよう」


 マコトは大金を使い、ラタトスク達による派手な宣伝をして国外に広く広く伝える。西大陸南部各地域にその噂がいきわたるのにそう時間はかからなかった。


 御触れが出てから1ヵ月が経った、ある日。


「クソ! ここにもいねえ!」

「畜生! あいつら! どこ行きやがった!」

「もしかしてあんなバカな御触れをマジに信じちまったのか?」

「ごちゃごちゃ言わずにとっとと探せ! 7人だぞ!? 7人も逃げられたんじゃ大損害なんてもんじゃないぞ!」


 奴隷商人たちが早朝から騒いでいる。せっかくの商品に逃げられたのだ。




 それとほぼ同時刻の、ハシバ国グーン領を守る城門前。

 朝日はまだ現れないものの、地平線が明るくなり始めた頃、マコトの国に彼らがやってきた。


「隊長! 外で奴隷たちが門を開けろと騒いでいます! いかがいたしますか?」

「何?」


 部下からの報告を聞いて隊長は門の上から見下ろすと、粗末な服装をした人間の男達7人が騒いでいた。


「オイ! 聞いてんのか! 門を開けろ!」

「俺達7人は自由を求めてやって来た! 早く門を開けろ!」


 城壁を守る部隊の隊長は外で騒ぐ奴隷を見るや即決断した。


「通せ」

「いいんですか?」

「構わん。閣下からの直々の命令だ。すぐに門を開けて通してやれ」

「は、はいっ!」




「……やっぱり駄目か?」


 奴隷の1人があきらめかけた時、門が開いた。


「さぁ早くこっちへ。奴隷商人は我々が追い返すから安心してくれ。ついてきてくれ」


 兵士たちが彼らを誘導する。奴隷たちは門の中に入ってようやく一安心だ。その後朝食をとらせてからマコトのもとへと向かわせることにした。

 彼の城に奴隷達の声が響く。


「オイ! 聞いたぜ! アンタは逃げてここまでたどり着いた奴隷に市民権を与えるそうじゃないか! 俺たちはその言葉を信じてやって来た! 今すぐ市民権をよこしな!」

「コラ! 閣下に向かってそんな口をきくやつがあるか!」

「ジョン! やめないか!」

「あ……も、申し訳ありません。閣下」


 マコトは口を開く。


「約束は守る。お前たち全員に市民権を与え、我が王国の国民として迎え入れよう。役所で出続きをするからついてきてくれないか?」


 奴隷たちは言われるがままマコトと一緒に役所へ向かい、国民の登録手続きを行う。全員の登録が終わって……


「お前たちはただいまをもって俺の国の国民となった。歓迎しよう!」

「うおおおおおおおお!」

「やったぞおおおおお!」

「自由だ! 俺たちは自由だ!」


 元奴隷達は体を震わせ、全身で喜びを爆発させた。



 3日後……



「あ、閣下。『新入り』の視察ですか? いやもうホント凄いですよ。やる気が桁違いで、他の兵も少しは見習ってもらいたいですよ」


 ウラカンが新入りである元奴隷7人の様子を見に来たマコトに率直な感想を述べる。正直自分たちが気圧されるほどの熱意を秘めていた。


 奴隷には2種類いる。運命を受け入れた奴隷と、運命に抗う奴隷だ。

 運命を受け入れた奴隷は一生奴隷として過ごす。多くは奴隷の子供、あるいは孫という生粋の奴隷ではあるが、奴隷の身に落ちた一般市民にも多い。

 彼らは繋がれた鎖の光り具合やおもりの重さを自慢するだけで逃げ出すことを考えない。


 一方、運命に抗う奴隷は何とかして逃げ出そう、あるいは隙があれば過酷な労働で鍛え抜かれた肉体で主人たちに復讐してやろうと執念の炎を心に宿している者たちだ。

 彼らは飢えている。精神的な飢えを持つ者はどんな逆境にも負けることは無い。

 マコトの「逃げた奴隷に市民権を与える政策」は「運命に抗う奴隷」を選別して国民にするというのが目的だ。

 飢えでぎらついた瞳を持つ者は上手く扱えば兵士としても働き手としても大きな戦力となるだろう。そう踏んだのだ。




「マコト様! あのお触れはいったい何なんですか!? 我々の商品を盗ませるのを推奨するお触れなんてとんでもないことじゃないですか!」

「ここは俺の国だ。この国では俺がルールだ。何をしようが俺の勝手だ。にしても人間に対して商品とかずいぶんひどいこと言うんだなお前は。

 100歩譲って奴隷が大事な商品だというのならきちんと管理できてないお前が悪いんじゃないのか?」


 マコトが分厚い面をして奴隷解放のお触れに文句を言ってきた奴隷商人に対して言ってのける。


「テメェ。王だからって調子に乗ってんじゃねえぞ」

「調子に乗ってんのはそっちじゃねえのか? ここは俺の国だ。この国では俺がルールだ。もし連れ出そうとするなら拉致の現行犯として必ず牢獄に叩き込んでやるから覚悟しろよ」

「こ、この野郎! 今回だけは見逃してやる! 貴様らのやったことを絶対に後悔させてやるからな!」


 捨て台詞を吐いて奴隷商人の代表は去って行った。このお触れは奴隷商人にとってはとてつもなく不評だった。

 まぁ当然と言えば当然で、せっかくの「商品」に逃げ出すきっかけを与えてしまったら商売あがったりだからだ。


「しかし閣下、ずいぶんと大胆不敵なお触れを出しましたな。何か目的でもあるのでしょうか?」

「ディオールもそういうか。奴隷の中には反骨心のあるやつらだっている。そいつらを味方に引き込めれば強力な戦力になるのさ」

「ふむ。先見の明という事にしておきましょうか」


 のちに奴隷出身の兵たちが「不死隊」と呼ばれる部隊に自ら志願することになるのだが、それはだいぶ先の話。




【次回予告】


「渇き」を倒す秘密兵器。それの開発が本格化し装甲の材料入手に手間取っていた。

産出元の鉱山を支配下に置いているドワーフの国と交渉するが……。


第81話 「接触 オレイカルコス連合」

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