第79話 続・親子

 春本番を迎え、ポカポカした暖かな日々が続いていたある日、城にクルスの怒号が響き渡った。


「オイ! クソオヤジ! 聞いたぞ! 噂じゃシューヴァルの銀行からすげえ量の借金をしてるんだってな! 返せなくなったらどうするつもりなんだ!?」

「クルス、そんな大声出すな。ほれ、俺のポテチやるから食って落ち着け」

「え!? あ、ああ。悪いな」


 クルスはあまり残っていなかった塩味のポテトチップスをパリパリと音を立てて食べ始める。マコトはそれを見てある程度怒りが収まり落ち着いてきた時を見計らって話を始める。


「クルス、借金には『良い借金』と『悪い借金』の2種類があるんだ」

「へ? 借金って全部悪いことなんじゃないの?」

「それが違うんだ。良い借金っていうのは使い道がハッキリしていて、使った後価値のあるものが残って、なおかつ返せるあてのある借金だ」


 マコトは続ける。


「例えば採石場や鉄鉱山への投資なんかがそうだ。あれは使った後に規模がでかくなった採石場や鉄鉱山という残るものがあって、なおかつ秋の収穫で返せるあてのある借金だから良い借金なんだ」

「じゃあ悪い借金は?」

「良い借金の逆だな。特に使い道が無くて、価値のあるものが残らず、返せるあてのない借金だ。具体例を出すならぜいたく品を買い込むだけの借金だな」

「ふ~ん」


 マコトの言うことに息子はわかったような、わからないような顔をして聞いていた。


「でもさぁ。だったら別に借金しなくても秋の収穫まで待てばいいんじゃないのか? なんで借金するんだ?」

「借金すれば秋の収穫時期に入ってくる収入を春や夏に前倒しができるんだ。一言で言えば『時間を買う』ことが出来るんだ。

 借金すれば秋まで待つ必要がないんだ。その分先手が打てるってわけさ」

「時間を買う……? また難しい言葉が出てきたな」

「まぁ今のお前じゃ理解できなくてもいいよ。今は丸暗記でいいから覚えとけ。そのうち詳しく教えてやるよ」


 マコトとクルスの親子……クルスが精神面でも成長したのか恋人を持って丸くなったのかはわからないが、以前ほど衝突することは少なくなった。

 あくまでマコトの主観ではあるのだが。




 別の日


「兄ちゃん、あそぼ」

「わかった。遊んでやろぞ」

「わーい!」


 クルスは義理の弟であるケンイチをあやしていた。

 ケンイチは今年の夏で2歳になる。肉体的にも精神的にも人間でいう6歳前後であり、ヤンチャ盛りであった。

 最初は種族の違う義理の弟という存在に恐怖を感じていたが、それは彼と毎日触れている間に消え、今ではすっかり慣れた。


「あら、クルス。ケンイチの面倒見がいいじゃない。誰かから教わったの?」

「あ、ああ、母さん。俺は孤児院育ちで年下のチビ達はたくさんいたから、あやし方は自然と覚えたよ」

「へぇ、そうなんだ。いいお兄さんや父親になりそうね。お母さん安心したわよ。それに、ケンイチの世話をしてくれると助かるわ。今の母さんはこんな身体だからケンイチと遊んでやれなくて……」


 そう言っておおきく張り出したお腹を優しくさする。

 彼女は医者からはいつ産まれてもおかしくないと絶対安静を言い渡されていたのだ。家事も雇った家政婦に任せきりという徹底ぶりだ。

 マコトとほぼ政略結婚という形で結婚して3年。気が付けば15歳になったメリルは背も髪も伸び、胸も大きくなり女らしい体つきに成長し、精神的にも養子1人に実子が2人目が産まれる寸前という3人の子供の母親になってだいぶ成長していた。




 その日の夕方、マコトはクルスに正義について語っていた。


「クルス、正義を語る際には細心の注意を払え。慎重に慎重を重ねてもしすぎることはない」

「何でだ?」

「正義とか正しいとか、そういうもの程危うい物はないな。

 俺が住んでいた地球という異世界のとある国では「民族浄化」って言って、この世界で言えばエルフとかドワーフみたいな特定の種族を根絶やしにする行為が『絶対的に正しい事』として行われたことだってある。

 それに俺の国も昔は「神風特攻隊」って言って爆弾抱えて敵艦に体当たりする自爆攻撃で死ぬことが『お国のための名誉の戦死』で『絶対的な正義』だったこともある。

 しかも2つともハーピーの時みたいな1000年以上も昔の話じゃない。起きてまだ100年すら経ってない程度には最近の話だ。エルフからすれば本当に「ついこの間」とでも言える程度の最近の話だ」

「ふーん」

「お前も将来国を背負う立場になるんだ。今の事は丸暗記でいいから絶対に覚えとけ。いいな?」

「はいはい分かりました」


 父親の言うことを素直に聞かない息子は父親の言うことを流して自分の部屋へと行ってしまった。




クルスの日記

後アケリア歴1241年 4月6日


 母さんにケンイチをあやすのが上手いと褒められた。うれしい。

 ケンイチに対しても種族の違いはあまり感じない。人間、慣れるもんだな。


 あとオヤジは俺の3倍近く長生きしてるだけあって色々知ってるっぽい。無駄に長生きしてるわけじゃなさそうだ。




【次回予告】


奴隷には2種類いる。

運命を受け入れた奴隷と、運命に抗う奴隷だ。


第80話 「奴隷解放のお触れ」

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