第73話 イシュタル王 崩壊

 イシュタル国陥落……その最大級の悲報は絶望となって連合軍を包む。

 多くの者は眠れずに、胸の中に鉛の塊が入っているかのような重苦しい長い長い1夜を過ごす事となった。


 翌朝


「閣下、ハシバ国王マコトから降伏勧告が届いています。民の奴隷化も改宗もなし、税制も本土と同じにするとのことだそうです。

 あと、降伏が受け入れられないのであれば逃亡しろ、逃げても追撃はしない。とも言っておりますがいかがいたしましょうか?」

「……大丈夫だ。まだ負けてない。負けが決まったわけではない。今からでも逆転できる、いやしなくてはならばない!」

「あの、閣下。お身体は大丈夫でしょうか? 見たところ一睡もしていないように感じられますが……」

「降伏はしない。降伏だけは絶対しない。抵抗する。徹底抗戦だ! 輜重兵しちょうへい(補給や物資輸送のための後方支援の兵隊)をかき集めろ!」


 壊れかけのイシュタル国王はあくまで徹底抗戦をするつもりだ。

 彼にとって後が無い敗北、王位を失う敗北というのは死よりも恐ろしい事で、負けを認める位なら死んだほうがましだと本気で思っているからだ。

 以前グーン国救援のための派兵は負けてもまだ次があったから大丈夫だった。

 だが今回は違う。負けはすなわち王座からの転落を意味する。それは身が引き裂かれることよりも耐えがたい恐怖であった。


「イシュタル国に栄光あれ! 万色の神の祝福あれ! 全軍突撃ィイイイ!」




「閣下! 敵軍がこちらに向かって進軍してきます!」

「イシュタル王はまだ戦うつもりか!? 仕方ない、総大将のイシュタル王を最優先で仕留めろ! アルバート達守備隊も戦わせろ! 挟み撃ちだ!」


 イシュタル国を攻め落とし、治安維持のための最小限の人数を残してとんぼ返りをしたマコトの軍900と連合軍の兵950とがぶつかる。

 兵数こそほぼ互角だが、連合軍は練度の低い輜重兵しちょうへいをかき集めて数合わせをしているだけあって質では劣る。


 さらに彼らはイシュタル国陥落の報を受けた上に、勝ち目の少ない戦で半ば無理やり戦わされているだけあって士気は地の底よりも低く、瓦解がかいしないのが不思議なくらいである。

 とどめにマコト率いる侵攻軍と城壁から出てきたアルバート率いる守備隊による挟み撃ちを受けるとなると、この戦は子供が見ても結果が予測できるものであった。




「嫌だ! 負ける! 負けてしまう! 何もかも! 何もかも終わってしまう! やめてくれ! 負けたくない! 負けたら終わりだ! 終わってしまう!」


 涙と鼻水とよだれを垂れ流してもなお、自分が負ける事を認めることはできなかった。


「閣下! このままでは被害が大きくなるばかりです! 兵を無駄死にさせないためにも降伏を……」

「嫌だぁ! 降伏は絶対しない! 負ける位なら死んだほうがましだ! 戦い続けろ! 活路を開け!」

「……負ける位なら死んだほうがまし、ですか。そこまで言うのですね」

「当たり前だ! 負けたらすべてが終わってしまう! 負けたら何もかも失って終わってしまうと何度言ったらわかるんだ!」


 イシュタル王配下の将はいたずらに兵を死なせる愚王へと変わり果てた君主を見て大きくため息をついた。


「そうですか……ではお前の事は兵たちを救うために散ったと美談にして語り継いでやる。だから死ね!!」


 彼は剣を抜き、主君の首をはね飛ばした。イシュタル国王は謀反に何も言い返せない、それくらい一瞬の出来事であった。


「た、隊長! いったい何を!?」

「コイツの首をハシバ国王のもとへと持っていけ! それで戦は終わって仲間の命は助かる。さぁ! 行け! 行くんだ!」

「は、はいっ!」


 それから間もなく、イシュタル国王の首は無事にマコトのもとへと届けられ、戦は終わった。


「イシュタル国がハシバ国に攻め込まれ滅亡しました」


 マコトのスマホにはそんな無機質なメッセージが表示されていた。




【次回予告】

ハシバ国包囲網参加国のアッシュル国には裏切られ、グーン国そして盟主であるイシュタル国も滅んだ。

残った2国の王は、どう出るのだろうか?


第74話 「包囲網消滅」

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