それから
十年の歳月が流れた。
***
ある山の奥、ある深い深い森の中。
「いたぁーーーーーーーーーーーーっ!!」
少女は、ふたたび獣と出会った。
十年前とまったく変わらない。いや、わずかに毛並みの色つやが鈍くなったような気がする。でもさすがに、そんなに鮮明に覚えているわけではない。記憶のほうがあやふやなだけかもしれない。
そんなことを考えながら、まったく怯えることもなく、結智は獣の傍らに腰を下ろした。
獣はと言えば、わずかに目を開けて結智を見たものの、ずっと草の上で身体を丸めたままでいる。
「もーう、ほんとさー」
結智が話し始める。
「高校生になるまで一人で外出はダメーって、言われててね。いや、本当は高校生でもあんまりダメなんだけどね、ちょっとお目こぼしをもらえるというか」
背中に、獣の温かさを感じながら。
「施設の人たちも優しいんだけどね、決まりを守らないとすごく怒られるから。3年前、中学の時にも一度挑戦したんだけどね。たどり着けなくて、夜遅くになっちゃって、見つかってめっちゃ怒られたの」
ぽす、と頭を毛皮に預けて。
「でもね、忘れなかったんだあ」
獣は静かに耳を立てている。
「ずっと会いたかったから、けものさんに」
わずかな木漏れ日が結智と獣の姿を照らして。
「夢だったんじゃないか、って思うこともあったよ。いろんな人にそう言われたし。でも絶対夢じゃなかったって、あの時私を助けてくれたのは、けものさんだったって、そうずっと信じてたから……だから私は、ここまで来ました」
結智が身体をひねって、獣の首に抱き着く。
「大きくなったでしょ」
獣は結智を拒まない。
「髪も伸びたし、身体も成長したし。それも全部、けものさんのおかげです」
少し上ずった声で、結智は話し続ける。思いつくままに口を動かす。
「勉強は、苦手です。部活は卓球をやってます。へたっぴだけどね。ちょっとでも運動部で体力つけないと、って思って。この山、登らないといけなかったし。
あとは何かあるかな。あぁ……ママは、病院と家を行ったり来たり、してる、みたい。あんまり会うのも良くないらしくてね。もう何年も会ってないや。あ、新しいパパになるかもしれなかった人がいたっけ。あの人はあの後一回も見てない。
私は保護されて、施設に行って、うん、それなり。それなりに暮らしてきました」
そして、返事を待つかのように、一度言葉を止めた。
「……あの時は、けものさんとお話ができていた気がするんだけどなぁ」
耳を当ててみる。
「今は、聴こえないなぁ……」
結智が目を伏せる。影になって、その表情はうかがえない。
「…………ねえ、けものさん」
ほんのわずか、獣を抱く腕に力がこもる。
「今なら、私のこと」
呼吸が止まる。
「――食べてくれますか」
風すらも止まったかのように感じていたのは、どれほどの間だっただろうか。
獣は口を開けると、
大きなあくびをして元の態勢に戻った。
「……だめかー」
結智は両手を伸ばして地面に転がる。
その顔には、穏やかな笑みが浮かんでいた。
「でも、これで場所は覚えたからね」
すっくと上半身を起こすと、獣に指を突き付けて。
「また会いに来るから!」
立ち上がった結智に、獣が目を向ける。結智は晴れやかな顔をしていて。
「食べたくなったら、食べてね!」
獣が目を閉じる。
肯定と受け取って、結智はその場を後にした。
けものさんと食われたがり少女 風谷閣下 @miriora
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