はこばれる

 ――”獣”は、人の言葉を解した。



 だが、眠ってしまった人の子から、聴き取れることは何もなかった。


 ユチのにおいも、ここで途切れている。


 蓬色の毛布を巻きつけるようにしてやりつつ、毛皮がユチを覆うように、おれも身体を伏せる。


 まだ冬ではないとはいえ、毛皮もない人間の子どもが、数晩をこの薄い毛布一枚で過ごしたのだろう。


 せめて、少しでも暖かく過ごさせてやりたかった。



 ユチが目を覚ましたのは、日が暮れようかという頃だった。


 小さな瞼がそっと開いて、己は自分が張り詰めていたことを知った。


「……けものさん?」


 覚醒しきっていない様子で、ユチが呟いて手を伸ばす。


 顔に触れさせてやると、ユチは毛を撫でながら、へにゃりと笑った。



 ……”獣”は、人の言葉を話せない。



 遊ぶ時間は、もうないと感じていた。


 己はユチに向かって、大きく口を開ける。


「けもの、さん?」


 ユチが己を見上げる。


「……食べてくれるの?」


 身体を起こし、力なく、かすかな期待のこもった声とともに。


 己の口の中へ、身体を預けて。



「――……?」


 口の中で、身じろぎしているのを感じる。きっと不思議そうな顔をしているのだろう。


 己はゆっくりと歩き始めていた。


「……はこんでるの?」


(そうだ)


「おうち?」


(そうだ)


「そっか、おうちにはこんで食べるんだー」


 木々の間を抜けて歩み、進む。


「あれ?」


 緩やかな傾斜を下っていく。


「……あ」


 程なくして、口の中の気配が引きった。


 愚かな娘ではない。それは、気付く。


 山を下りている、程度のことは。


「………」


 押し黙ったユチを咥えて、やがて、人の作った道が見えてきた。


 この山のふもとを横切る、鉄の車が走る道。


 もぞりと動いて、ユチが口の端から顔を出した。


 左右に道の行く先を見据え、ゆっくりと首を振るが、ユチから目立った反応はなかった。


 ならば、ここでまず一つ賭けになる。


 右を選んだことに、大きな理由などない。単に平地が少しだけ近かったからだ。


 己の黒い毛皮が、夕闇にうまく紛れることを期待しながら、道に沿って駆ける。


 どこに向かえばいいのかすら、わからぬままにでも。

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