帰る場所

 ――”獣”は、その身体が大きいことを知っていた。



(何故だ)


 倒れたユチを前に、おれの意識に思考が走る。


(どうして)


 解を得る間もなく、次の問いが通り過ぎる。


 人間には毒だったのか?


 病気を持っていたのか?


 それとも別の、


(違う)


 浮かぶ仮説を振り払い、行動を起こす。


(このままにしては、おけない)


 顔を寄せてユチを揺すってみるが、反応はわずかだった。意識はあるようだが、能動的に動ける状態ではないらしい。


 動けるならば背に乗せることもできただろうが、それも叶わない。


 ――乗せてやれたならば、さぞ喜んだだろうに。


 ならば、と。牙が刺さらぬよう気をつけながら、ユチの身体を口に咥える。


 脚を立てると、ユチのだらりと垂れた手足が、地面に触れぬようにすることも可能だった。


 ユチは、軽かった。


 己ではどうすることもできない。


 ユチを、住処に帰す。



 ――”獣”は、その鼻が利くことを知っていた。



 感覚を研ぎ澄まして、ユチのにおいを辿る。


 本体を抱えながらにおいを追うのは簡単ではなかったが、不可能ではなかった。



 ――”獣”は、その足が速く走れることを知っていた。



 山の中ならば、目を閉じていても駆けられる。


 だから、少し思考をめぐらせるぐらいは可能だった。


 比較できるものがあるわけではないが、ユチの身体の軽さ、果実を口にした時の様子を考えると、あるいは腹を空かせ過ぎていたのではあるまいか。


 空腹、疲労が過ぎた身体に、食べ慣れないものを入れれば無理にもなろう。


 であるならば――やはり、ユチを住処に帰さねばならない。


 山の外に行くならば簡単なことではなくなるが、この人間の、ユチのためならば行こう。


 そう、決めて。


 たどり着いたところは、拍子抜けするほどに近く。何ら代わり映えしない、山の木々が少し開けた場所。


 蓬色の毛布が落ちているのが、その終着点だった。


 小さな小さな果実の種と。


 わずかな排泄の跡が少し離れた場所にあって。


 己は、ユチを毛布に横たえてから、空を仰ぎ。


 大きく、大きく吠えた。



”それじゃ、また来るねー”



”おなかすいたら、食べてね”



 少なくとも、数日。


 あの二回とも。


 笑顔で帰って行った先が、この場所であることを示していた。

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