おなかすいた

 人間は三度現れた。


「あーーーーーっ!!」


 騒々しさを引き連れて。


「なんか食べてる!!!!」


 口の中の肉を飲み込む。


 わずかながら、懸念があった。


 もしも空腹の時に、この人間が現れたら、と。


 元々、さほど食事は必要としない。数日に一度腹を満たせば事足りた。焦って獲物を狩るような必要も、ほとんどない。


 だが、もし空腹を感じて、目の前にこの人間がいたら。


 食わない理由はさほどないが、二度見逃した後で食ってやってしまうのも、どうにも不本意だ。


 なので、日が昇ると同時に山を駆け、生き物を獲った。ついでに果実も採って、ここに戻ってきた。


 食事を終えた姿を見せれば、自分を食えなどと言うこともぬかすまいと思ったが。


 あろうことか、人間は走り寄ってきた。


 そして、半分食い終えた肉の横に滑り込むようにして横たわる。ちょうど、肉と集めた果実の間に入るように。

 仰向けになって、指で、肉、自分、果実、と差し示す。


 ……順番、だとでも?


 薄目を開けている人間と目が合った。嬉しさを隠し切れない、というように微笑が漏れている。


(……ふむ)


 視線を外し、肉を食いきって。


 眠ることにした。


「ちょっとーーーー!?」


(やかましい)


「待ってるのにーー! なんでーー!! なんで寝ちゃうのーー!!」


(腹が膨れれば眠るものだ)


「違うでしょーー!! なんで、なんでなんでなんでーー!!」


 両手両足を振り回し、地面を叩き始める。小さな身体で行なう、最大限の主張と見えた。


「食べてくれなきゃやだーーやだやだやだやだやぁだーー!」


 多少騒がれたところで、この周囲に近寄るものなどそうはいない。


 放っておいても良かったが、あまりに激しく動くので、少し落ち着け、との思いで身体を抑えてやる。


「やだぁーーーーーんひょほ!」


 鼻先が腹に触れると、人間が奇妙な声をあげた。


 動きが止まる。


 顔を離すとまた「あー」とまた手足を、どこか人形のようにばたつかせるので、また抑えてやる。


「くっひゃふはは」


 離すと、


「あーー」


 抑えると、


「ふひゅほほっ」


 おそらく遊んでいるのだろうと気付いたが、暴れさせているよりは良かろう、と。


 何度か付き合ってやった上で、仕返しとばかりに、鼻を洗うように擦りつけてやる。


「あひゃはははは! あは、いゃはははは! やめっ、ひゃは、やめてーあははは!」


 抗議の言葉すら楽しそうにして、ぽて、と手足が地面に投げ出された。


(ふん)


 ようやく静かになったか、と座りなおす。


 人間はしばらく、はーはーと呼吸を整えていた。上気して赤くなっていた顔も、しだいに元に戻っていく。


(気が済んだら早く――……?)


 無駄とは理解しつつも、追い払おうと思った、その時。


 人間の顔から、感情らしきものが消えていることに気付く。


 瞳も、映っているものを認識しているかどうかすら感じ取れない。


(……おい、人間)


「――おなかすいた」


 薄く開いた口から、言葉がかすかに零れ出た。

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