(森の中)

 少女が、空を見上げている。


 見上げている、はずではあるが。


 少女の目に、空はほとんど映っていない。


 広がるのは、無数の梢。樹木の枝と葉。さざざ、さざざと擦れ合い、彼方の天まで光を届けない。


 空もまた、光を落とさない。深い深い夜の底、星はひとつも瞬かず、かすかな月光も、少女を避けるようにあたりに零れる。


 ――低く唸る声。


 牙を剥いた生き物が、少女を遠巻きに眺めている。


 生き物は空腹で、自分より多少大きくとも、爪も牙も持たぬ人間に襲い掛かることを、ためらうことなどないはずだった。


 あの”獣”の臭いさえしなければ。


 臭いがする以上、あれはあの”獣”のものだ。


 あの”獣”から奪い取るような行為を、この山に棲む生き物ができるはずはなかった。


 二度、三度唸りをあげて、生き物が離れていく。


 少女のまぶたがふっと落ち、力の抜けた身体が草葉に倒れる。


 小さな口から漏れる寝息は、木々のさざめきよりもずっとずっと小さかった。

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