食べてくれない

わずらわしい)


 食べてやる気はなかった。


「あれーぇ?」


 視線を外された人間が覗き込むようにして顔の前に来る。


 改めて見ても、腕も脚も肉付きは薄く、食いでがありそうには感じられなかった。


 そして何より、今は特に腹が減ってはいない。


「気に入らないのかな……それとも、おなか減ってないのかな」


 伺うように顔の前を行き来して、また人間は顔にしがみついてきた。


(なんなんだお前は)


「へへー」


 人間の顔は小さく、こすりつけられるとわずかにこそばゆい。


 だが、振りほどくほどのことでもないので、好きにさせてやる。


 そのうち飽きるだろう、を三回考え直すほどの時間、人間は少しずつ場所を変えて毛並みを堪能していた。



「よいしょっと」


 やがて、首の辺りに手をついて、反動をつけて人間が離れる。小さな手で、何度か身体を叩いて細かな毛を払っていた。


「おなかすいてないなら仕方ないねー。そろそろ帰らないといけないかなって思うし」


 鼻から息を吐く。ようやく解放か。


「それじゃ、また来るねー」


(………また?)


 宣言しながら、人間はぱたぱたと音を立てて駆けて行った。


 行ってしまえば、森の静けさが帰ってくる。


 木々のざわめきと、虫の声。


 再び、目を閉じる。

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