1326年 貿易航路の沈没事件

南方大陸最北端の街、ルルライン


 トーマス達が大砂漠の遺跡の調査を行っている頃、ルルラインの街でまつりごとを行っているスウォンの元に一つの報告が挙げられた。

 最近西方大陸との海路を往来する船の沈没事件が多発している。

 沈没した船が一覧として箇条書きされるほどの数が被害に遭っているのが記されていた。

「商船を初め客船に……所属不明船?」

「海賊のようです、ミラリアス周辺航路は全大陸の交易船が行き交う地点ですし、以前より存在は確認されておりましたが……今回は彼らも被害に遭っていますし、元々沈没、人の命は奪わないようなスタンスのようで、直接人命を奪うことはしていなかったようですが」

「いや、商船がまるまる略奪されたら商人は首を括るよね、一族全員巻き込んで」

「はい、少なからずそのような商人がいたようです。客船に関しては港に戻るだけの食料を残して後は奪い解放していたとも言われていますが……」

「食べ物の奪い合いが始まってただでは済まないよね」

「よくわかりましたね、既に調べていましたか?」

「いやティム、ちょっと考えればどうなるかは簡単にわかるよね。後かしこまった口調はやめてくれないかな」

「一応は貴族と家臣という体裁なのですから、公的な場ではこのまま通させていただきます。まぁ仕事が終わったらいつもどおりで」

 ティムの公私の割り切りにため息をつきながら、スウォンは再び資料に目を通す。

 過去に起きた聖地ミラリアス航路で発生した事件をまとめたものと、その中の沈没事件について今回の件との類似点と相違点が詳しく記載されたものがあるが……。

「略奪に関しては今回無視してもいいか、沈没についてだけど……」

「調査していた際に気づいたことは類似点がほぼ存在しないということですね。あのあたりは海流が安定していて、尚且つ暗礁もなく海も深いため大型船舶でも問題なく通れる地域です。今までの沈没事件は全てが嵐……今回は晴れのときに起きていると生き残りの船乗りから聞いておりますので、実際は沈没という結果以外の類似点は無いですね」

 ティムの説明を聞きながらスウォンも資料を照らし合わせ確認する。

 資料を何度照らし合わし確認しても、今ティムの行った説明以上の情報は得られないことにスウォンは再び深い溜息を吐く。

「はぁ、ルルラインはまだこれといった産業がない、現時点では南方大陸で収穫された農作物を輸出する地点として収支を安定させていたんだけど……」

「事件を解決しなければ、財政は瞬く間に火の車でしょう。せめて南方大陸向けの産業があればマシなのですけど……」

 ルルライン独自の産業は、なくはない。

 スウォンが設計した新型銃のライセンス契約や、完品の販売などで安定した収入はあるのだが、いかんせん未だ発展中で街が作られていっているため公共事業として行政府が資金を使い開発を推進し、移民の誘致も行っているために銃による収入だけではまかなうことができていないのだ。

「産業はそうすぐ生まれるものでも作れるものでもないからなぁ、ルルラインでできそうなのが他大陸との貿易と銃の生産……後は観光だしね」

「観光?」

「ルルラインがなんで貴族たちが今まで入らなかったかってことだよ。晴れの日で霧が出てなければ海岸からミラリアスが見えるし、街の監視塔からも見えるように一応計算して立ててもらったんだけど……」

「あぁ、だから兵士にはあそこが人気なのか、でもあそこは軍事施設だから監視塔を観光資源としては見られないと思うんだが……」

「うん、だから港の灯台に関しては入館料を取って観光資源にするつもりだし、将来的には監視塔もできればと考えてるよ。そもそも移民を積極的に受け入れるって決めた時からそこまで締め付けると逆効果になりかねないからね、商人誘致のために土地の税を免除したりとかも考えてるんだけど……」

 スウォンの提案にティムは頭を抱える。

「スウォン、土地税は最も取れる場所だよ」

「わかってる、でも商人からしてみればそこが壁でもあるよね。最初に損をしたとしても継続的に商売をして税金を収めてくれれば、長期的にはプラスになるって感じだよ」

「でも前例がなくって予算を組むにしてもちょっと難しいと思うんだけど……商人組合にも話を通す必要もありそうだし」

「組合のほうなら大丈夫、昨日の会合のときにちょっと話したら一枚噛ませてくれって言ってたから。まぁ西方の組合長はちょっと渋い顔してたけど算術機で計算してから消極的だけど賛成してくれたよ」

「……土地税に関して決まり次第動かせる状態じゃないか、もういつそんなことしていたんだよ」

 ティムの呆れた言葉にスウォンは笑顔で答える。

「話しを戻すけど、土地税の件も含めて航路の確保は必須ではあるからね、今回の件は最優先で対応しないといけないんだけど……ティム、誰か適任はいるかな」

「そうだね……メクリス先生かシグニさんが最適人かと思うんだけど、残念ながらメクリス先生はコリューネで学会発表、シグニさんはトムたちと一緒に大砂漠の調査。二人共ルルラインにはいないからなぁ他の人って言うと、皆適任かって言われたらちょっとね、そういう部隊を作っていなかった僕たちの失態だから文句は言えないんだけどさ」

 都市機能と軍事拠点としての建造物の整備、そして貿易拠点としての港の整備などを優先した結果、役所の人員や都市の常備軍の人が足りていないのだ。

 もう少し都市整備が進めば建築業に携わっている人間から再雇用の形で人員を増やすことができたのだが、たらればの話しとなってしまうため二人は解決策を考えるが……。

「僕がやるか?」

 スウォンが呟く。

 そのつぶやきを聞いたティムは。

「……スウォン、君は今本気で言ったのかい?」

「だって考えて見てみなよ、メクリス先生なら僕だって一任する……というかお願いする立場だと思うし、シグニさんならトムと一緒にやってもらえれば僕の名代として問題は無くなる。でも僕としてはティムが一旦考えてしまうような人に名代を任せるにはちょっとって思っちゃうからね」

「だからってスウォンが直接やる理由にはならないだろう!」

「なるよ。調査だけなら確かにティムの言うとおり、僕が出る理由は全くないし、諜報の訓練として人集めの問題こそあれ即席で新部隊を作ってやってしまえばいい。でも問題は調査後の話し、相手が海賊なら僕が直接交渉したほうが早いしね」

「立場を考えているようで考えていないじゃないか、いいかスウォン、君はもうこの街の統治者なんだ、定義は自治会長みたいに小さく聞こえるけど、ルルラインの総人口……いや、南方大陸の防壁となる土地だからこそ南方大陸の総人口と考えたほうがいい、それだけの人の命を背負う立場なんだもう少し自覚って奴を……」

「執務室で書類にハンコを押しているだけでこの問題が解決できるならそうするよ」

 スウォンがここまで意思を曲げないのは珍しい、ティムはそう思いつつもようやく軌道に乗り始めたルルラインの治世が揺らぎかねないスウォンの提案を呑むわけにはいかず、少し考え込む。

「トムたちが帰ってくるのを待つのは……」

「早くても来月、未知の遺跡……しかもトムの両親が消息不明になった遺跡の調査だからもっとかかりそうなものだけど、そこまでこの沈没事件を放置するつもりなのかい?」

「メクリス先生なら再来週には帰ってくる予定で……ってこれも同じ理由で却下されるな、あぁもう!それなら護衛を付けること!スウォンが調査を行っている間は僕が書類仕事と承認はやっておくから!」

「ありがとうティム、それじゃあ軍から数人、諜報活動の素養があるのを護衛につけて技術習熟も同時にやれるようにするよ」

 本来、貴族社会であるのなら絶対に認めるべきではないが、ティムはスウォンの提案を条件付きとはいえ受け入れた。

 これはルルラインの街が南方大陸に存在し、貴族社会ではないことが少なからず影響しているが、ルドベキアが死去してからここまで状況に流される形ではなくスウォン自身の提案で動くことがなかったのだが、今回はティムと舌戦じみたものをしてまで自分の意見を押し通した。

 ずっと隣でスウォンを見てきたティムとしては状況に流され続けていたスウォンの、数少ない自分の意思による行動を尊重したかったのだ。

「あぁ、その人選に関しては名簿と適正試験の資料を出しておく。作戦の性質上大人数は無理そうだけど、できるだけ武術に長けた人を選んでくれよ。意見を押し通したんだからせめて僕たちが安心できるように、ね」

 ティムの心配そうな言葉に、スウォンは笑顔で。

「ルルラインの責任者に選ばれた時にティムを指定した僕の人を見る目を信じてくれれば、安心できると思うよ」

 そう言っていたずらを考えているように舌を出してふざけて見せたという。

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トライランド戦記 水森錬 @Ren_Minamori

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