1326年 砂漠の遺跡

 南方大陸南部港街コリューネ


「ここがスウォンの母、ルドベキア様が滞在していたときに俺が暮らしていた家。今でも親父の名義だが……消息不明の段階で今の権利の期限が切れたら俺が更新しない限りは大家に返還されるので、準備はできるだけ早くしましょう」

 トーマスたちはコリューネに到着するなり、ルドベキアが存命だったときにウェル夫妻が拠点にしていた……つまりはトーマスが暮らしていた家に荷物を降ろしていた。

「別に契約更新すればいいだけだろう、南方大陸にはハイブースターは無いという定説がある上に今南方大陸の主要な交易拠点はルルラインに移りつつある。となればコリューネの人口は減るだろうからな、家主としては借り手がいるだけありがたい話しだろう。何、金銭面に不安があるなら俺も出してやるぞ」

 いつも以上に饒舌にシグニがまくし立てる。

「いやシグニさん、ウェル夫妻の暮らしていた家で家具とかもそのままだからの言葉でしょうに……」

「何を言っているカークス、私の研究の題材ではコリューネのほうがやりやすいんだぞ。南方大陸の、しかもコリューネの真東に存在する島には国の体としては小さいが人類のコミュニティが存在していて、我々とは違う文化形態を構築している。そして……」

「別の神話や異能力とは違った超常があるって言うんでしょう?耳にタコができてますよ」

「つまり私がトムの変わりにここに住むのもやぶさかではないわけだ」

 完全に私欲を語るシグニにトーマスとウェンディは苦笑しつつも、聞いたことはあっても今まで気にしたことがなかった海の向こうの島のことに関心した。

 異能力に頼らず、国という形態としては弱いものの人類のコミュニティが存在している。

 島に存在するコミュニティは冶金技術が高く、優れた農具を用いて小さい島であるにも関わらず三大陸に頼らずともその生活を完結させている文明が存在していたのだ。

「スウォンは……まぁ知ってるよな、今ではあいつ南方大陸で一番の権力者って言って過言はないし」

「それ以上に無能力であっても生活を完結しているって点で調べてたんじゃないかな、もしかしたら銃に関しても島から何かインスピレーション貰ったのかも」

「何を言っている、スウォン10世は何度か島に渡っているぞ」

「「え!?」」

「それどころかコリューネで生活をしていたのなら少なかrずあの島と関わりを持っていたことになるぞ、そこにある包丁のようにな」

 シグニはトーマスとウェンディのすぐそばにしまってあった、背の部分が少し錆びてしまっている包丁を指さしながら続ける。

「冶金技術はとてつもなく高い、鋼鉄を製造する技術であるなら世界一と言ってもいいだろう。それに独特の作物や食文化もあるからな、学術的な分野に関わっていてコリューネを拠点にしているのならむしろ行っていないほうがおかしいくらいだぞ」

 そうなんだ。と二人で声を揃えて納得する。

「シグニさんもトムもウェンディも手を動かしてくれよ」

 黙々と一人で片付けと準備を進めていたカークスが笑いながらも三人に手を動かしてくれるように懇願する。

「あ、ごめんなさい……」

 ウェンディがすぐに反応してカークスを手伝うのを見て、シグニはやれやれという表情をしてから。

「私はもう少し話していたかったのだが仕方ない、トム、買い出しに出るぞ」

「え、でも……」

「別にそこまで時間のかかるものではない、お前が必要な場面はウェル夫妻の寝室を調べるときくらいだからな、台所とかの掃除は他に任せても問題はないだろう、だなカークス」

「はい、そのとおりですシグニさん!」

 この一年ずっと二人と共に居たが、どうにもカークスはシグニに対してこのように頭が上がらないというかそんな感じなのは理解していたが、いちいちカークスが敬礼のような手の動きを見せるのは慣れないでいた。

「まったく、さっさと行くぞ」

 シグニのほうも皮肉込みと認識しているのが、ため息を一つ吐いて砂漠入りの準備の買い出しに出発してしまったのを追ってトーマスも。

「カークスさん、ウェンディ、悪いけど片付けのほうお願いするよ」

「うん、行ってらっしゃい!」

 トーマスの言葉にウェンディは満面の笑みで送り出す。

 その二人の様子を見るとカークスはやれやれと言った表情を見せてから再び家の片付けを始めたのだった。


 翌日、概ねの片付けと砂漠越えの準備を整えた四人は荷物の確認をしていた。

「すまんがランタンと燃料はどこにあったか確認してくれないか」

「あ、こっちにあります。一応こっちに三人分……」

「分散して持ったほうがいい、小娘、お前一人離脱したら全員灯りなしになりかねないんだぞ」

「わかってますって、テーブルの上に置いておきますね」

「あれ……保存食ってちゃんと分散したよね、俺の荷物に二日分しかないんだけど」

「……すまん、俺の方に入ってたみたいだな、こっちには二十日分入っていた」

 そのようなやり取りをしつつ、足りないものがあればメモに書き起して追加で買い出しに出るという形で準備を進め、更に翌日……。

「ようやく出発か、以外に時間がかかったな。そしてトム、夫妻の寝室には何かメモのようなものはなかったのか」

「隙間を見て探してみましたが……これと言って明確なものはありませんでした」

「ということは曖昧なものは見つかったんだな?」

 トーマスはシグニの問いに静かに頷き、一冊の本を開く。

「正直日記程度ですし、ちょっとお見せできないような内容もありましたが……ここです」

 日付はルドベキアが亡くなってから半年程度後の日、それは記されていた。

『やはりコリューネ西部に広がる砂漠に近づくにつれ、異能力が発動すらできなくなるという口伝の言い伝えが存在している。南方大陸の人間は基本的にここ500年程度に移住していることを考えると信ぴょう性にはかけるが、コリューネの東、島に住まう人たちはそれ以前から営みを続けてきたことはわかっているため絶対にないと言うことはできない。やはり一度赴く必要がありそうだ』

「これ以外にはなかったのか?」

「他だと……これですね」

 日付は今年の頭、トーマスが西方大陸でシーカーとして活動している時期である。

『島の人々から伝承や童話なども含めて概ね情報収集は出来た。それら彼らの文化に関しては砂漠へ向かう際にかかる路銀集めのため出版しておいたので立ち消えることはないだろう。となればいよいよ大砂漠の中心部、そこが怪しいという結論に私とイングリッドは達し、数人のパルムを雇うことが出来次第出発しようと思う。懸念だったトーマスのことも今はシーカーとして活動しているし、シグニさんもいるのだから心配することもない、今私たちはハイキング前日の子供のように興奮しているが、眠らなければ探索に支障が出てしまう。困った、本当に困った』

「ここから先は特に情報はありませんので終わります」

「夫妻は本当……生粋だったんだな」

「そう思いますよ、でなきゃ南方大陸でハイブースターを探そうなんて思いませんって」

 しかし今トーマスたちがこの場にいるのは、そんなトーマスの両親を探すためである。

「お二方は動機はともあれ残してきた実績は間違いなくシーカーの歴史においても比類なき人たちだ。普通ならハイブースターを二つ見つければエキスパート扱いされるところ、あの人たちは二桁を超えているからな。最も、夫妻がエキスパートと呼ばれる本当の理由はハイブースター以上にそれが発見された遺跡と文明が……」

「シグニさん、終わりそうにないのでそのへんで」

「む、まだ冒頭程度だったのだが……確かにそろそろ出発しなければ夜通し砂漠を行軍することになるな」

 学者気質のシグニの講釈が始まりそうなところでカークスが止める。

 これより四人は片道七日にも渡る行軍を行うことになり、念頭な準備に合わせトーマスとウェンディもこの一年の活動で悪路にも慣れていたこともあり行きは問題無く予定通りにそこにたどり着いた。

「親父達のメモは正確でしたね」

「日記に嘘を記す理由もないからな、当然だろう。問題はこれからだ」

 遺跡までの経路は、日記に大まかな位置関係の詳細も記されていた。最もこれは文章ではなく絵としてで、実質的な詳細地図と言った形ではあったものの、場所が広大な砂漠ということもあって正確な測量もできず、更に風によって地形も変わりやすいために残された日記の情報が役に立たない可能性も低くはなかったのだが、幸いにもそれほど地形も変わっておらずたどり着けたことに四人はまず安堵した。

「丁度このあたりは岩陰があるな……一泊してから調査でいいですかね」

「そうしたほうが無難だろうな、エキスパートですら想定していない事態に出くわす遺跡だ、何より異能力の発動を感じられない……できるだけ身体能力と道具のみの勝負であることを改めて確認する上でも一泊して体を慣らしておいたほうがいいだろう」

「でもそれってシーカーとしては普通の行動だし、トムの両親もやってたんじゃないですかね、私たちよりも大人数だったのだから尚更……」

 ウェンディの言葉に男三人は動きを止めて静かになる。

「あ、でもここまで砂漠を歩いてきて疲れてるのは確かだし……やっぱり休むべきではあると私も思いますよ。正直これだけ疲れてるとまともに槍を振れるか怪しいですし」

 まずいことを言ってしまった、と言うように槍をブンブン振り回しながらウェンディはそんなことを言う。

「いや、凄く振れてる……」

「ほ、ほらトム!テント設営!お腹もすいたし、ね!」

 槍でトーマスを引っ掛ける形で岩陰へと引きずるウェンディを見て、呆れた口調でシグニは。

「まったく、まぁ私としては休むのは確定だったがな。流石に衰えを感じる……」

「いやシグニさんまだ30代じゃないですか」

「もうすぐ40とも言うがな」

「……引退とか、考えてます?」

「流石に考えざるを得ない歳ではあるからな、ただ私の研究に終わりは無いし、そもそもメクリスに負けてられん」

「そういえば聞いたことありませんでしたが、シグニさんとメクリス士はどのようなご関係で?」

「友人だよ、昔からの腐れ縁みたいなものだ」

 シグニは遠い目をしつつもそう答え、トーマスとウェンディの準備を手伝いに向かった。

「ただの友人ではないみたいだなぁ、まぁ踏み込む必要もないか」

「カークス、何か言ったか?」

「いえ、何も!」

 カークスの動きにトーマスとウェンディは笑いつつも、この日は岩場で一夜を過ごすこととなった。


 今トーマスたちが訪れている場所は南方大陸の南西部に存在している大陸の四分の一ほどに大きく広がっている大砂漠。

 この砂漠には特に名前はなく、砂漠とは言ってもその7割は岩場となっている場所ではあるのだが、砂漠の中心部に向かうほど岩が粉砕され、小石に、小石が粉砕され砂になっており、トーマスの両親が消息を断ったと思われる遺跡はその更に中心部、つまり大砂漠はこの遺跡を中心に形成されているという見方もできる。

 最も遺跡が発見されたのはここ10年程度の話しなので新説程度の学説だが、そもそも専門の学者はこの大砂漠を渡るだけの準備をシーカーやパルムを雇おうとしても近年まで誰も興味を持たなかったためまるで研究が進まなかったという経緯がある。

「そこにウェル夫妻やメクリスの奴が南方大陸に住むようになって研究が進んだ結果、人類は元々この南方大陸が発祥なのではないかという説が出てきたわけだ」

 温めたスープを口にしながらシグニが講釈をする。

 実のところこの一週間、トーマス達はずっとシグニのこの講釈を聞いている。

 しかし全て違う内容である点と、今から向かう場所に関係していることもあって三人は文句を言わずに真剣に聞いている。

 シグニにとってはこれが気持ちいいのか、講釈を続けた。

「つまり明確に遺跡に立ち入ったのはウェル夫妻が初めてということだな、そもそも南方大陸にはハイブースターが存在しないという定説と遺跡には何かしらのハイブースターが存在する……矛盾した場所である以上調査は必要であったのだが……私とメクリスは東の島とコリューネ周辺の遺跡の調査を行っていたから参加はできなかっただけで、本来なら参加したかったんだぞ」

 いつも以上に饒舌なシグニの講釈にトーマスは少し疑問を覚える。

「南方大陸に他にも遺跡が?……あぁいや少なからず存在していることは親父から聞かされてはいましたが、今のシグニさんの言葉からするともっと沢山、それも他の大陸と同程度に存在しているように聞こえるのですが」

「何を言っている、南方大陸が人類発祥の地……そういう学説が生まれた理由にもなっているんだぞ、三大陸で最も遺跡が多いのが……この南方大陸だ。幸い技術大会のように発表の場もあったからな、最近では技術部門と学術部門で分けられて更に巨大になっている。歴史学者、生物学者はこぞってコリューネに移住を進めているくらいには今あの街は学者の街に変貌しつつあるぞ」

「シグニさん……いつコリューネに行っていたんですか、殆ど俺たちと一緒に行動していたのに」

「四六時中ではないならいくらでもだな、元々私はコリューネを拠点として活動していたのだから情報は持っていて不思議ではないだろう?」

 初めて聞いた。

 トーマスとウェンディの二人はそんな顔になるが、シグニは慣れた様子で二人の顔を見てからスープを口に運ぶ。

「む、かなり冷めてしまったな……まぁいい、交代で見張りを立てつつ体を休めよう。一応このあたりにも原生生物がいるのは確認されているからな、注意するには越したことはない。とりあえず私は最初に寝させてもらうがな」

 そう言ってシグニは毛布を持ってテントの中へと入って言ってしまった。

 残された三人は苦笑しつつも、見張りの順番を決めて翌日に備えたのだが……。

「なぜ私を起こさなかった」

 シグニのことをすっかり忘れて、三人で見張りを回したのだった。

「あぁいやなんというか……とても気持ちよさそうに寝ていらしたので」

 とても人に見せてはいけないほど緩んだ寝顔に三人はシグニを起こすことはできなかったのだ。

「はぁ……まぁもういい、キャンプはこのままで遺跡に入るぞ準備をしろ」

 この時のシグニの顔は赤かった、彼らの日記にはそう記されていたという。


 準備を整えた四人は最低限の装備と、緊急時に使用する食料と探索の道具を持って遺跡へと足を踏み入れた。

 しかし遺跡……というには室内の無い構造で、それでいて外で遺跡を守るように立ち上っている砂嵐の砂が殆ど入ってきていない。

 そして数本の柱の中心に祭壇と思われる段差があり、更にその中心に柩のような箱が開かれた形で存在していた。

 ただ、それだけの遺跡……四人の第一印象はそれであったが、中心部に祀られるように存在している柩のような箱に近づいていくとえも言われぬ倦怠感に襲われ自身の中の異能力が薄まっていくのを確かに感じた。

「何か……気持ち悪い」

 ウェンディがそう口にするが、全員頷くだけで調査に集中する。

 少なくともトーマスたちがこの場にいるのはスウォンからの依頼という形をとっている以上は何か、もっと詳しい情報が欲しいという気持ちがあり、特にトーマスに関しては両親が消息を絶った場所であり何が何でも手がかりを掴みたいという一心の行動であった。

「これは……空、ですね?」

「私に聞かれてもわからんが、観測する限りでは空だな。ウェル夫妻が持ち出したのか?」

「確証は無いですけど、こんな簡単に訪れることができる遺跡ですし、親父たちがヘマするなんて考えにくいんですが……」

「私も同意見だ。しかしだトム、この遺跡はウェル夫妻が初めて立ち入ったであろうことは昨晩結論づけたはずだ。となればもう一つ可能性はある」

「……特殊なギミックを親父たちが解除した?」

「詳しい調査をしなければ断定できないが、この柩……柩と仮定するものを取り囲むようにこの遺跡の構造は作られている。まるでこれを守る……いや別の遺跡で同じような構造を見たことがあるが、その時は中心部にあるハイブースターの力を抑え込むためのギミックだった」

 トーマスたちがシグニの推測に息を呑む。

 シグニの推測が正しければ、ここには何かやばいものが封印されていたということで、ウェル夫妻はその封印を解いてしまった結果、消息を絶ったということになる。

「本来ならここから詳細の調査を始めるのだが……もう本命がなかったにしてもこの場は何か良くない感じがある。それこそ命を吸い取られていくような感覚……私としてもここまでのものは初めてだが、この手のトラップは前例があるからな、今すぐ立ち去るべきだろう」

 この中でも最ベテランであるシグニが、冷や汗が出るほどの何か。である。

 しかも普通のベテランではなく、歴史研究を主に行い、シーカーの腕はウェル夫妻に一目置かれているほどで……知識に関してもメクリスの友として学会で名を馳せているらしい。

 らしい。というのはトーマスとウェンディはシグニの立ち入った私生活に関しては特に気にしたことがなかっただけではあるものの、シグニとカークスの会話から聞き取った程度の内容であるからである。

「……わかりました、確かにここは何か良くない感覚がありますし、なにより遺跡で異能力が完全に使えそうにない。なんてのは初めてですからね、これでは今の装備で滞在するのは無謀以外の何ものでもありませんから……」

「トム、そこまで理解しておきながら命の危険まで把握しておけ。この場に原生生物が一切近寄っていない、昆虫すらだ。本能が強い生命体ほど、この遺跡を避けていると思ったほうがいい」

「そういえば……」

 シグニの指摘にウェンディが辺りを見回して確認するが、動物の毛や昆虫の死骸すら見当たらない。

 基本的に遺跡には動物なり昆虫が住み着いているものである。

 どれだけ危険な遺跡であったとしても、死骸は存在するものの存在自体が確認できないことはありえない。

「……何か痕跡が辿れると思ったけど、これは調査なんてしていたら本格的に手遅れになりそうだ、わかりました、シグニさんの言うとおりいち早くこの場を離れましょう」

「そうした方が賢明だ、知的好奇心はあるがそれ以上に生存本能のほうが勝つ……私とてこんなことは初めてだ。だが何も得られなかったわけではない」

 遺跡の出口に向けて足を進めながらシグニは言う。

「少なくともウェル夫妻はここにはいなかったし、死んでいない。そしてこの遺跡は世界で唯一と言っていい何かを封じるためだけに存在していると予測できる遺跡だ。この二点が把握できただけで収穫だぞ」

「命あってのなんとやら、ですね。ウェンディ、荷物は俺が持とう。異能力が弱い分俺は余裕があるらしいからな」

 カークスの言葉にウェンディは拒否する余裕すらなく、四人は足早に遺跡を後にした。

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