1325年 トムの第一歩

「うへ、引き払ってないから自由に使えって絶対掃除しとけってことだろ……」

 トーマスは自分の生家の扉や窓を全て開けて、リビングに待たせていた三人のところに戻ってくるなりそう愚痴を漏らす。

「まぁ今回はトムの愚痴はわからないでもないわね、私の父さんと母さんも最近はこっちにまで手がまわらなかったらしいし。まぁ今日一日はここの掃除でいいんじゃないかしら、拠点として使うわけだし……シグニさんとカークスさんもそれでいいですよね」

「はぁ、子守の次は掃除か。本業からはとことん離れていくが仕方あるまい」

「まぁシグニさん、ウェル夫妻が拠点として使っていた住居を使わせて頂ける機会なんて、トムやウェンディの教育護衛を引き受けていなければなかったわけですしいいじゃないですか」

「ま、確かにそこは否定できんな。さっさと済ませるぞ」

 トーマスの両親が信用できる知り合いのシーカー、シグニとその相棒カークスがウェンディに答えながら動き始める。

 シーカーが遺跡を探索する際、あらゆる危険からシーカーを護衛する存在であるパルムがかならず存在している。今回の場合はトーマスとシグニがシーカー、ウェンディとカークスがパルムである。

「むー確かにシーカーとパルムとしては見習いもいいところですけど、お守りと言われるのはちょっと納得がいかない……」

「自分の実力を把握できるのにお守りは嫌なのか、十分お守りが必要な未熟者じゃないか」

「なんですって!」

「はぁ、ウェンディ、そういうところだよ、シグニさんが言いたいのは」

 トムがため息を付きながらバケツに水を汲んでカークスに渡す。

 カークスは風貌こそ筋骨隆々の大男といったものであるが、物腰は温和で寡黙、周囲の空気を読むことに長けている頼れる兄貴分である。

 一方シグニのほうは弱みを見せないクールで毒舌な男ではあるのだが、とても面倒見がよくてお人好しな部分もあり、ウェル夫妻にとって息子のことを頼むだけの信頼を得ている人間でもあった。

「とにかく今日は掃除と遺跡に入るための装備の調達。日帰りできるだろうけれど何が起こってもいいように数日分の食料と薬を持って行きたいから買い出しにもいかないと」

「なる程、伊達にエキスパートの息子ではないわけか」

「え、えき?」

「シグニさん、俺はまだ両親の足元にも及ばない半端者ですよ」

「自分の実力を正しく判断できるだけ、そこの小娘よりはるかに優れているだろう」

「好き勝手させてもらっていただけで、座学のほうはやっていましたからね。ウェンディはシーカーとしての勉強はしていなかったのだから知らなくても仕方ありませんよ」

「生活の根幹を支えているシーカーの世界のことは、まぁ確かに残念だが興味のないもののほうが多いな」

「人によってはただの盗掘、遺跡荒らしなんて言う人もいますから」

「なんだ、シーカーの現状は把握しているのか、いやエキスパートの息子なら当然の話しだな」

「現状というよりも花形だった時代は異能力黎明期だけですしね、安価なブースターが作られるようになったからですし、ハイブースターの需要は確実にありますから気にしませんよ」

 何より親友の助けになれるから。という言葉は喉元にでかかったところで飲み込む。流石にそんな私的な目的だと小言を言われるだけだろうと思ったからだが。

「別に個人の、私的な目的でもいいんだぞ。私なんて個人的な知的欲求を満たしたいだけにシーカーという職業を選んでいるのだからな」

「……顔に出てました?」

「それもあるが、そもそもウェル夫妻から友達思いと聞いていたからな。単純にそういう目的はあるだろうという憶測だ」

 そんなわかりやすかっただろうかと思うと同時に、両親はどれだけのことをこの二人に伝えているのかとトーマスは不安になりながらも準備の手を進める。

「ほら、雑談はこの辺にして早く準備を進めようよ」

「そうだな、えっと、ウェンディだったか。俺はこの街に来たのは初めてで場所がわからんのだ」

「あ、はい。私も久しぶりに両親に顔見せておかないと……」

 こうしてこの日のトーマスたちは遺跡に入るための準備で一日を潰し、夜にウェンディの両親を交えて歓談を行った。

 そして翌日……。


「ウェンディ、本当に、本当に気をつけるんだよ」

「ちょ、お父さん抱きつかないで!もう……ごめんなさい、待たせちゃって」

「心配してくれる親御さんは大事にすべきだ。気にしてないさ」

「カークスさん……見た目の割に優しいですよね」

「……まぁいいか」

 ウェンディの言葉に複雑そうな顔をしたカークスだったが、気を取り直して自身の獲物である斧の整備を始めた。

「本当に斧なんですね、リーチとか重さの関係で大変じゃないです?」

 槍を背負ったウェンディの疑問としては最もである。

 斧という道具は、元は伐採を行うために発明され、狩りなどで用いる手斧などの例外もなくはないが基本的に剣や槍と比べると戦闘向けではないという認識をされる。

「戦闘以外にも使えるからな、それにこいつはブースターとしての役割もある。まぁ壊れたら困るから一枚の金属板から作られた斧も持っているがな。異能力を合わせて使うことを考えたら俺はこれが一番使いやすかっただけさ」

「実家が林業とかレンジャーだったりですかね。私は実家で酪農やっててフォーク使ってたもんだから長物のほうがしっくりきましたし」

「薪屋だな、日が昇って沈むまで薪割りだ……しかしそうか、ウェンディの実家は酪農家か。どうりで機能の乳製品はうまかったわけだ」

「両親はもう一線を引いたみたいですけど、今でもチーズ作りは続けてるらしいんで……いやぁ弟が継いでくれてよかったよかった。一人娘だったら私、後を継いで婿捕まえてこいとか言われかねなかったし」

「まぁ親からしてみたらな。特に酪農などは生活の根幹になっているからこその誇りがあってもおかしくはない」

「薪割りだって、そうじゃないですか」

「そうだな、俺は次男だったから継ぐのはできなかっただけだが、兄貴には恨み言を言われたものだ、俺だって世界を回って見たかったとかな」

「あー、それ、私なんかわかる気がする」

「まぁ笑いながら言っていたから冗談ではあるだろうがな、それでも思うところはある。俺が戦えたのは実家の手伝いをしていたからこその斧の扱い技術のおかげだったわけだからな」

「うん、わかる……って私いつの間にかタメ口に!?」

「いや俺に関しては気にしないでいい、同じ現場に立つパルムなら下手に畏まられるほうが回らなくなる可能性が高いからな、突っ走られても困るが……まぁ大丈夫だろう、今回はシグニさんも同行しているんだからな」

「おーい二人共もう出発するぞー」

 カークスが笑みを浮かべてウェンディの頭に手を乗せたところで、トーマスが二人を呼ぶ。

「まったくお前は後輩に甘すぎなんだ、いらんことまで喋ってる暇はないだろう」

 シグニが呆れるような口調で、大きいリュックサックを背負い二人を横切って行った。

「ははは、確かに話しすぎだったかも。でも……遺跡から帰ったらもっと色々教えてくださいね、先輩」

 先輩と言われたカークスは少し照れた様子を見せたものの、首を静かに縦に振って先行した三人の後を追った。


 後に発見されたトーマスの日記によれば、この探索では既に枯れた遺跡と言われていた場所であったにも関わらず、ハイブースターを三つほど発見したと記載されているだけである。

 他にもシグニの研究論文等にもこの時は特別驚異は存在しなかったこと、有望な後輩が第一歩を歩み始めたことに対して喜びの表現で記載されていた。

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