1325年 ルルライン城塞都市
「商業区の整備に合わせ、居住区の拡大と工業区の再整備の計画ですが……」
「当初の予定通りにお願いします、施工が多少遅れても現在の情勢なら問題は無いから、できるだけ予算を抑え目に、だけど人命が失われることが無いよう慎重に、そして頑強な整備をお願いします」
「相変わらずスウォン様は難しいことを命令致しますね。ですがわかりました。当初の計画でも人命が損なわれることのない都市計画が第一でしたから、そこが損なわれては元も子もありませんからね。そのように現場監督に伝えておきます」
そう言って秘書の男はスウォンの執務室を出て行った。
同時にほかの秘書が慌てて執務室へと入るなり……。
「スウォン様!農業地区でもっと農地か放牧地の整備をしてくれと要望が多数上がっております!」
「またか……これ以上拡大するとこの街の防御力を活かせなくなるから難しいところなんだけどなぁ、でも彼らの気持ちもわからないでもないし……そうだ、渓谷のほうで豆の栽培と鶏の養殖の計画があっただろう、その計画を前倒しにして整備してくれないかい。当面の食料に関しては去年の収穫で余裕があるから、今年の収穫は多少落ち込んでもいいから、そのようにお願いするよ」
「ですが渓谷は
「そこは僕も含めた討伐隊で今週末に行うことにするよ、少なくとも来年には作付はしたいからね」
「スウォン様は既にこの都市の要なのですからできれば戦いの場には出てもらいたくはないのですが……民の要望を叶えるためには致し方ないところですか」
「うん、まだこの街はできたばかりで、民を大切にしないなんて噂が立ったら移り住もうなんて人がいなくなるからね、僕が討伐隊に入るのも必要なことだよ」
「わかりました、今の内容を農民代表に伝えておきます」
「うん、お願いするよ」
「あ、それとこれは先週分の書類です、ご確認ください」
「了解、じゃあ行ってらっしゃい」
スウォンは書類を受け取り秘書の男にそう言って見送ると、ため息をついてからあり合わせの木で作られた硬い椅子に深くもたれかかった。
ルルラインの地に都市を作る。
その責任者として指名されたのが2年前のことで、スウォンは実感の無いままこの2年を忙しく過ごしていた。
自分の出自を鑑みればこれ以上の統治ができなければならない環境であったのだろうが、今の自分はティルレインではなくただのスウォンである。となれば今の身分は明らかに荷が勝ちすぎるというものだ。
しかし師であるメクリスはそんなスウォンをフォローしつつ、むしろ褒めてくれている。元はメクリスの計画であるものの、実際この規模の都市計画に関してはスウォンのようにある程度専門の教育を受けたものでなければ難しかったのも、それを受けていたスウォンだからこそ理解できてしまう。
「あの会議に出ていた人たちは元は全員が民間人、僕も同じ無能力者だけど出生した立場と教育の差で、確かに先生の言う通り僕にしか務まらなかったんだろうなぁ」
スウォンが独り言を漏らすと、それに答えるものが執務室に入ってきた。
「まぁそうだろうな、だからスウォンは教育機関を真っ先に作ってメクリス先生を要職につけたんだろう」
「そうだけど、あの時は各方面から凄く恨み言を言われたんだよトム」
「統治者ってのはそういうもんだろ。その直後にワルス海岸の一部を港として整備する計画を打ち出して黙らせたじゃないか」
「必要だったからね、西方大陸との貿易拠点がコリューネしかまともに機能していなかったし、北方貴族連盟の中に南方大陸と貿易を行えるような決定がなされたって情報もあったから、南方大陸の表玄関として建築しているこの街には最重要項目と言ってもよかったんだよ」
「それをまともに考えてたのはお前とメクリス先生……悔しいが俺の両親の四人だけだったじゃないか、それだけ情報を正しく使える知識ってのはやっぱ貴重なんだよ。それにこの街の配置だって先生じゃなくお前の提案だったろうが」
トーマスの指摘通り、ルルラインの街の位置はルルライン渓谷に接する形で作られており、戦略的な面で言えば防御力が極めて高い構造でありつつも、平原側に大規模な城壁を整備することによって自給できるだけの食料生産力を確保できるだけの面積も持つ世界でも珍しい城塞都市である。
「別に特別なことはしてないんだけどなぁ、城塞都市の構想自体はアイアス伯のファリア要塞を参考にしてるし、農地を城壁内に造成するスタイルはマウントヒルを参考にしているんだから、既存のものを組み合わせたに過ぎないんだよ」
「その組み合わせが、ほかの人には思いつかなかったんだからもっと自信持てって」
「そうかなぁ……ところでトムが執務室に来るってことは何か言いたいことがあるんじゃないの?」
「おっとそうだった。ちょっとシーカーとしての仕事をしてきてもいいかって聞きに来たんだ。座学は怠ってないつもりだが、ここ数年はシーカーとしての実技は一切やってなかったからな、実地訓練って感じなところでやっておきたいんだよ」
そういえば。とスウォンは思い返す。
トーマスは友人……親友と言ってもいいほどの中ではあるものの、この数年は自分の要件に付き合わせるだけで、トーマスの夢は両親のようなシーカーとして大成することであった。つまり自分は彼の夢にブレーキをかけていたことになる。
「うん、僕が今までトムを無理やり付き合わせていたようなものなんだから気にしなくていいよ。トムのことだから俺のやりたいことをやってただけって言うだろうけれど、僕からしたらそうなんだし、本当に気にしないでトムの元々の夢に向かってくれて大丈夫だよ」
「おう、そのとおりだがまだちょっと足りてないな、俺はまったく迷惑とも思っていないしシーカーとしても回り道だったとは思ってねぇよ。むしろ立派なスポンサーがついてお釣りが来るくらいだ」
「スポンサーって僕?」
「他に誰がいるってんだ」
お互いの言葉を聞いて吹き出すように笑う。
「それでトム以外の人は誰が行くのか決まっているのかい」
「見習いなのは自覚しているから今回は親父が紹介してくれたベテラン二人とウェンディで四人の予定だな。シーカーとして必要なことを一通り訓練できるってんでシーリアのほうにある発掘され尽くしたって言われてる遺跡を探索する……ちょっと物足りない気もするけどここ数年好き勝手させてもらった手前ってやつだな」
スウォンも最近聞いたことだが、トーマスが先のルルライン平原の戦いに参加することに彼の両親は強く反対していたらしい。
それでもスウォンという友人、仲間を見捨てることはできないと両親を説得した上で家出同然のように駆けつけてくれていたのだ。
スウォンにとって母ルドベキア以外にこれほどまでに自分を思ってくれている友がいるということに嬉しさを感じつつも、トーマスたちを自分の出自から来る政治的な争いに巻き込んでしまうのではないのかと心配にもなる。
「……ん、ちょっと待って。トムとウェンディだけ?ティムはどうするんだい」
シーリアの町で三人は生まれ、幼い頃から一緒だったことはスウォンも知っている。だからこそ今回トーマスがシーカーとしての第一歩を踏み出そうというときに三人が一緒ではないということに違和感を覚えたのである。
「ティムも誘ったんだけどな、あいつは俺たちよりお前を選んだんだよ」
「僕を?」
「スウォンも大変な時期だろうし、一応貴族の生まれだから助けることもできるだろうって言ってな。今でも街のどこかを走り回ってるんじゃないか」
スウォンはまさかと思い、先ほど秘書から渡された書類を何枚かめくり確かめて見ると、確かに報告書の数枚に見覚えのある筆跡の文章と、ティムのサインがなされていた。
ティムは未だ家督を付いていないため、ティムという名義でしかサインをなされていないものの、ティムの親であるアルピリス伯は周囲に引退を漏らし始めているとメクリスから聞いた記憶がある。
となると一人息子であるティムはシーリア辺境伯である父の家督を継ぐこととなり、そうなればルルラインの街に滞在することは難しくなることは想像に固くない。
ティムはそれまでの間に手助けしたいと思っているのだろうか、スウォンはそんなことを考えつつも再びトーマスの顔を見て。
「……うん、わかったよ。でもいくら人の手が入った遺跡だからって油断しないようにね。ティムのことは……僕が頼りきりになりそうでなんとも言えないけれど、一緒にトムとウェンディの帰りを待ってるからね」
「おう、お土産楽しみにして……あぁでもハイブースターはあれか」
そういい頭を抱えるトーマスにスウォンは笑い。
「ハイブースターは歓迎だよ。この街は異能力者の人も人口の四割を占めているから凄く助かるかな」
「そうか、じゃあ期待しないで待っててくれな!」
こうしてトーマスはシーカーとしての経験を積むために生まれ故郷である西方大陸南部のシーリアへと旅立ったのであった。
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