1322年 緊急会議

 キアブレスが南方大陸のルルライン平原で破れ、戦死した。

 この事実は瞬く間に世界へと広がり、この一報を聞いた北方貴族連盟は緊急会議を開くこととなった。


―――― 北方大陸中央 ティルレイン領マウントヒル


「まさかキアブレス伯が開戦まもなく戦死したとは……」

 軍事面に優れているアイアス伯が、集まったものの誰も口を開かないところ、最初に口を開いた。

 しかしながらこのアイアス伯の呟きとも言える言葉が、北方貴族……いや、トライランドに住まう全ての人々と言っていいほど今回の戦いの結果は逆になると予想していた。

 南方大陸は異能力が阻害される。

 この前提条件はあったとしても、キアブレスが上陸した場所はその阻害効果が薄く見晴らしの良いルルライン平原で戦端が開かれたことで話しは変わってくる。

 人類発祥の地であり、異能力の発祥の地でもあるとされる中央海の聖地ミラリアスに近いためか、南方大陸での異能力阻害効果はあるもののほぼほぼ無視できる程度のものであり、例え南方大陸軍に賢者とも言われるメクリスがいたとしても一人ではキアブレスの軍を撃退できず、集まった無能力者が主力である南方大陸軍が蹂躙されるのが大方の予想であった。

 そしてこの予想は概ね外れてはいない。

 事実開戦からキアブレスが戦死するまでの短時間によるキアブレス軍による砲撃で南方大陸軍の戦死者は二千を超えており、最終的には終戦タイミングが曖昧になったことで撤退中に南方大陸軍の一部の部隊にリンチされてしまったことで出たキアブレス軍の戦死者は、キアブレスを含めて五十六名、対して南方大陸軍は三千六百人を超えている。

 つまりキアブレスが倒れなければ北方大陸軍はせいぜい二十人程度の被害で三万にも上る南方大陸軍は壊滅していてもおかしくなかったのだ。

「銃、か……」

 世界の予想を覆した存在の名称をスウォン9世が呟いた。

 事前に入手していた銃の性能は精々射程は長くて五十メートル程度、異能力による射撃や砲撃は二百メートルを超えることから驚異にはなりえないと貴族たちは思っていた。

 そしてその認識を覆したのは皮肉なことに、今銃の名を呟いたスウォン9世、その実の息子であるスウォン10世であったというのだ。

 既にスウォン10世はルドベキアの眠る地である南方大陸の所属であり、キアブレスが仕掛けた戦争であったため、結果に対して怒りは抱くことはない。

 あの時無能力者であった息子に放った言葉。衝動的で感情を前面に出してしまった恥ずべきものではあったものの、貴族として長男に願ったのは跡取りであったため、この時代であるのならばある意味で致し方ないものではあった。

「ティルレイン公?」

「リューメイア伯……いや何でもない。キアブレス伯が仕掛けた戦争で彼は敗北したのだ、今のキアブレス領に戦後賠償を行うだけの力は無い以上連盟に対して要求されるだろう。そちらの問題を話し合うことが最優先、次に西方貴族が更に貿易規制を行うかどうか……そちらの話し合いはリューメイア伯、頼めるか」

「え、あ、わかりました……ですが南方大陸の件はどうなさいますか」

「どうも何も我らは元より攻め入る気はなかったわけだが、今回の件に関してはキアブレスの独断であったが、賠償を無しというわけにはいかぬだろう。本来なら金で済むようなことではないが、今の我々にはそれでしか対応はできないからな」

「西方との貿易規制で資金は余っておりますからね、これ以上規制されぬための先行投資と見ればむしろ安く済むかもしれませんね」

「そのとおりだ、元々貿易で使うはずであった資金を今使い、従来通りに戻せる機会でもある。皆もそれで良いな」

 南方大陸は無能力者たちの住む大陸。

 そのことは異能力者至上主義社会を形成している北方大陸の貴族たちには拒否をするには十二分の理由ではあるものの、今回は西方大陸、西方貴族も絡んでいるために首を横に振るものはいなかった。

 今回、ルルライン平原の戦いに直接参加した西方貴族の数こそは少なかったものの、彼らの軍を支えるための武器や医薬品、食料を含めた補給線にかんでいる貴族は多く、予想される戦後賠償にも彼らが絡んでくることはほぼ確実であるために全員が悩むことなく首を縦に振ったわけである。

「その上で、今後南方大陸と友好的という但し書きはつくが交渉したいものは止めはしない。しかしながら原則は不可侵とすることとするが、異論があるものはおるか」

「ティルレイン公、それは……」

「ここ数年、我々は非常に危うい足場であったということを実感させられた。そのために東部の者たちは実質的に離反し、キアブレスのような優秀なものですら貴族間条約を破らざるを得なくなってしまったのだ。ならばいっそのこと、我々が禁忌としていた南方大陸との貿易を解禁してしまえばよかっただけのことだ」

「しかし今すぐということは」

「無理であろうな、実際私が生きている間に事が進められるかどうかすら、私自身が考えられない。こればかりは時間をかける必要があることであろうが……リューメイア伯、貴殿ならばあるいはと思っているのだ」

「現在の問題を解決する手段としては確かに素晴らしい案と我々は思いますが、キアブレスと同様に無能力者への差別意識の強い東部の連中は首を縦に振るでしょうか」

 事の始まりとも言える、無能力者への差別意識はこと北方貴族の間には根強い。

 現ティルレイン公であるスウォン9世は大きな改革こそはしていないものの、リューメイア伯のように農奴への権利を広げたりする貴族を重用するなど、彼がティルレイン公を継承して以降の無能力者への迫害自体は目に見えて少なくはなっていた。

 とは言ってもキアブレスのような迫害を続けるものにもお咎めはなかったことも事実であり、毎年の定例会議の際には無能力者への理解を示すリューメイア伯を中心とした中央から西の貴族と、無能力者は勝手に増えるただの労働家畜のように扱うキアブレスを中心とした東部貴族の間で深い溝があっために大半の貴族が実質離反という形となり、今回のルルライン平原での戦いへと繋がったわけである。

「縦に振らざるを得ないだろう、頼みのキアブレスは暴走した結果南方大陸で破れ、連中は未だ北方貴族連盟を除名にはなっていないのだからな。未だに食糧事情が厳しい領地ばかりだが、今年の作付にはガイアスウォードを持ち出し、大地を鎮めると喧伝すれば少なくとも権威主義の連中はすぐに戻るであろうしな」

 ティルレイン家の起こりはガイアスウォードの力で広大な北方大陸の地に置いて多くの地形造成を行い、当時の土地の権利争いの戦争にて陣頭指揮を取っていた初代スウォン・ティルレインが周囲に推される形で北方大陸の中央に都を築いたことから始まる。

 このため現在においても北方貴族の間では、有事の際にガイアスウォードを携えて事に当たるティルレインという貴族を見るだけで士気を上げるものも多い。

「それではティルレイン公、ルルラインの件で賠償請求があれば交渉を受け付け、それと合わせて西方貴族とも貿易交渉を再開させる。という方針でよろしいか」

「どちらも金で解決できるなら安いものだ、我々は金は余っているのだからな」

 今の状況を招いたものが、その資金だけがあるという状況を生み出したという皮肉ではあるが、『不幸中の幸い』とこの会議に参加していた全ての諸侯が思っていたことだろう。

「では、そのように……未だ凶作からの復興の途上であろう、これより状況がひどい場所から私が直接赴き、大地の治療を行おうか」


 この時より、北方貴族連盟は南方大陸への対立感情を軟化させる。

 しかし、南方大陸、その住人である無能力者たちは長年に渡り迫害されていた歴史からすぐには受け入れることはなく、関係改善には長い年月を必要としたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る