1322年 終わりと始まりの銃声

 スウォンたち四人はワルス海岸へと向け、ルルライン渓谷を進む。

 既に何体もの化物モンスターを撃退しながらワルス海岸へと急いでいた。

「もう、キリがない!」

「ルルライン周辺は人の手を入れることを三大陸で取り決めてきたからね、化物モンスターにとっては命の危険を犯す必要はあまりない、それこそ野生動物と似たような生態系になってたんじゃないかな」

「学術的には興味あるけど、今は気にしている余裕はないね」

「あまり喋ってる暇はないぞ、結構撃退したことで俺たちを驚異と認識したらしく今まで以上に大量な数で飛び出してくるぞ」

「縄張りかな、通り抜けるだけって言っても化物モンスターには通じないだろうから仕方ないね、皆、押し通るよ!」

 ティムの号令に合わせる形にトーマスが周囲に炎の壁を作り出し、ウェンディが槍に雷と風をまとわせて脇目も振らずに前方に向かって突撃する。

 そしてふたりが討ち漏らした化物モンスターを多様な異能で撃退していく。

 スウォンが知らない頃にこの三人が子供だけで熊を撃退したことがあると、シーリアに滞在していた時に聞いたことがあるが、今スウォンが見ている三人の姿はその熊を撃退したという話しが本当のことであることを示すようだった。

「トム!前にでかい奴!」

「ここの主か!」

「わからないけどどいてもらわないと海岸までいけない!」

 ウェンディとトーマスはそう言い合って息の合った動きで目の前の巨大化物モンスターへと飛びかかる。

 スウォンはトーマスが近接戦闘を仕掛けているところを見たことがなかったので驚いて、手を伸ばしかけるがその手はティムが掴んで止める。

「大丈夫、トムはなんでもできる。いやなんでもは言い過ぎだけれど……少なくともウェンディの足は引っ張ることはないし、自分の身はちゃんと守れる」

 ティムの言葉はすぐに正しいことが証明される。

 渓谷の出口を塞ぐように待ち構えていた巨大化物モンスター二人の同時攻撃を喰らい、よろけながらも尻尾を振り回して反撃してくるが、ウェンディはすぐに次の攻撃に移れるように姿勢を低くして避け、トーマスは自身の前に異能力で生み出した盾を使い、風の異能力で自身を大きく飛ばしダメージを軽減する。

 トーマスの目指しているシーカーは、古代遺跡を探索するという仕事内容から危険が付き物であり、場合によっては護衛無しで探索を行うこともあることからシーカー自身の戦闘能力も高いことが多い。

 しかしながらトーマスのそれは平均的なシーカーよりも高いレベルでまとまっており、戦闘訓練を重ねてきたウェンディと比べれば多少劣るものの、様々な知識に基づいた柔軟な行動はトーマスにしかできないと思わせられるほどのものであり、両親と比べても既に遜色無いだけの戦闘能力を身につけていた。

「雷禍炎昇!」

 ウェンディが叫び、巨大化物モンスターを突き上げると槍の穂先が向いている空から雷が巨大化物モンスターへと落ち、炎の竜巻が天空へと昇った。

 そしてウェンディの攻撃に合わせる形でトーマスも攻撃を加える。

「ナパームリーフ!」

 トーマスの使用した異能力はワニと熊を足し、背中を全部鱗に守られている巨大化物モンスターは悲鳴をあげさせ、大きな音を立てて地面へと屈服させた。

 しかし化物モンスターたちにその意図はなかっただろうが、意図せずスウォンたちの足止めの形となり、巨大化物モンスターの後ろにある出口からは貴族が戦を始める際に行う儀礼の爆音が聞こえてきた。

 更にスウォンたちを追ってきていた様々な化物モンスターも近くまで迫ってきており、既に当初の目的である開戦前にキアブレスを討つというものは失敗していた。

「まだだ!ウェンディ!」

「わかってる!スウォン、ティム、先に行って!ここは私たちが食い止めるから!」

 しかしトーマスとウェンディは諦めておらず、スウォンとティムを先に進ませるために巨大化物モンスターが倒れた地点よりも更に出口に近い場所。

 今度は二人が渓谷の出口を塞ぐような形で立ち、スウォンとティムに早く先に進むように促す。

「でも……!」

 スウォンは二人の身を案じての否定の言葉であったが、すぐにトーマスがその言葉を遮りスウォンに向かって更に言葉を飛ばす。

「もう戦端は開かれてるのかもしれない、だけどなスウォン、お前がやらなきゃ南方大陸軍は全滅する。お前が当初の予定通り動けばそこでキアブレス軍は混乱してこの馬鹿げた戦いを早期終了させて犠牲者を減らすことができる、違うか」

「だからって必ずそうなるとは……」

「やらなきゃ全滅ってのは、必ず起きることだよな、そっちも違うか?」

 スウォンは言葉を詰まらせる。

 トーマスの言うことは正しい、スウォンの認識の中でもそれはわかっていることで、北方貴族の戦いでは指揮官が戦死した場合、そこで戦いは終わりとして兵を引くことが慣習となっている。

 つまりキアブレスさえ討てばこの戦いを終わらせることができる。

「だからだスウォン、お前の手……いや銃でこの戦いを終わらせてくれ」

 トーマスの言葉を受けて、スウォンは目を閉じて今までの人生を振り返る。

 スウォンにはキアブレスを討つだけの理由は、お門違いかもしれないがないとは言えないし、今彼らはスウォンと、ルドベキアを受け入れてくれた南方大陸全土が蹂躙されてしまう。それは母、ルドベキアの墓も荒らされる可能性もある以上、スウォンは改めて悩んでいた自分に対し自問自答を行う。

 いくら親しい人たちのためとは言え、明確に人を殺すという行為に対して母、ルドベキアはなんというのだろうか。

 いつまで経っても答えは出ないが、現実今スウォンがやらなければより多くの人が死ぬことになるし、スウォンはそれを防ぎたいのも事実である。

「行こうスウォン、何度も言うことだけれど君が全部背負う必要はない、僕たちもスウォンが背負おうとしているものは手伝う。だからこの戦いを終わらせよう」

 ティムがスウォンの肩に手を置き、優しい口調で促す。

 スウォンはティムの顔を見たとき、ティムは更に。

「トムとウェンディは大丈夫だよ、君も知ってるだろう、トムとウェンディはいつだって自信満々にやると言ったらやり遂げる。だから二人はちゃんと後で合流してくれるさ」

 ティムの言葉にスウォンは頷く。

 スウォンとて、トーマスとウェンディは幼い頃から共にいた友人、幼馴染と言ってもいいほどの時間を過ごしている、それはスウォン自身も迷うことなく自信を持って断言できる。

 ならば、母ルドベキアのこともあるが、ルドベキアが最後に残した言葉はスウォン自身が信じる道を往けばいい。そう言われていたようなそんな気持ちになり、覚悟を決める。

「……わかった、トム、ウェンディ、後で!」

 それだけを言い、スウォンは海岸へと走るとティムもスウォンに続いて走り出した。

「おう!しくじるなよ!」

「ケーキ、おごってね!」

 二人の声を背中に受けながらスウォンは渓谷を抜けて海岸に出るが、渓谷から出た場所は高台で崖……と言うにはなだらかな地形になってはいるが、この場所から一望できるワルス海岸と中央海の景色に一瞬心を奪われかけるが、スウォンはすぐに爆音のする方向へと走り出す。

 高台になっている場所はまるで人工的に作られたと思ってしまうような、自然にできたとしたら観光地にもできてしまいそうな場所ではあるが、今のスウォンとティムにとってはそれを気にする程の余裕はない。

 そして二人がルルライン平原を一望できる場所へとたどり着くと、その光景に息を飲んだ。

 戦端が開かれただろうことは音で分かってはいたものの、今目の前に広がるものは地獄とも比喩する光景である。

 海岸側の群体から放たれた火球の壁が炸裂するたび、大陸奥側で陣を構える群体をなぎ払うかのように吹き飛ばしている。

 最初からわかっていたことではあるし、万が一スウォンたちが遅れたり、失敗したときに備えてメクリスが被害を確実に押さえる陣形を提案していたこともあり、これでも被害は少ないほうであるという現実はスウォンとティムを震え上がらせるには十分な事実であった。

 しかし、自分たちはこれを止めに来たのだ。という使命感を思い出して自らを奮い立たせるとスウォンは自分の試作した銃を組立始める。

 異能力を超える射程を持たせることを目的とし、発射される弾頭を回転させる機構、ライフリングと発射の際に銃口から発生する光を軽減させるためのマズルブレーキなど、思いつく限りの機構を乗せた結果、持ち運ぶには少々問題が大きすぎるものが出来上がったため、スウォンとしてはこれの小型化を目指そうとしていたのだが、今この状況であるのならばこの明らかに時代にはそぐわない銃が必要となってしまったのである。

 銃が大型であるために銃弾も巨大で、大砲とは言えないものの、拳銃やライフル銃

というには携行性に難がある。

 後の世では『対物銃アンチマテリアルライフル』とも呼ばれるような代物を、本当にこの時代に作ったのかは議論は尽きないが、スウォン10世が生み出し、今高台で組み立てている銃はまさにそれであった。

「ティム、観測をお願い」

 スウォンはそう言って望遠鏡を手渡し、銃に合わせて銃を担ぐような形にうつぶせになる。

 望遠鏡を渡されたティムは小さく頷き、望遠鏡を覗いてルルライン平原全体を確認し、キアブレスの姿を探す。

 西方貴族の、それも小貴族の息子とは言ってもその姿は知っている。トーマスとウェンディは自分たちはキアブレスの名前は知っていても、顔は知らなかったからこそティムに行かせたのだが二人がそのことを知るのはもう少し先の事である。

「中央後方、騎馬集団の中でも前に出てるところ、見える?」

 ティムはスウォンの銃のテストをする際に観測手を何度もやっていたからかよどみなく観測結果を伝えると、スウォンは指定された場所へと身体を向けてスコープを覗いてキアブレスの姿を探す。

 スウォンにとっては幼い頃、何度か見たことがある程度の相手ではあるがスウォンにはキアブレスの顔は脳内に焼きついていた、ティルレイン領からリューメイア領へと避難する前日に見た醜悪な顔、汚らしいものに向けるだろうその顔はスウォンには忘れることはできない。

 しかしスウォンの頭の中にはキアブレスに復讐するという考えはない、今はこの戦いを終わらせるため、自分の生み出したこの銃の引き金を引くことだけしかない。

 そしてそのときはすぐに訪れた。

 スウォンの覗くスコープの先に何やら興奮しているようで身体を大きく動かしながら指揮を出すキアブレスが写ったのだ。

「ふー……、ふー……、ふっ!」

 呼吸を止めて自身の身体の揺れを最小限にしてキアブレスへと照準を固定し、その引き金を……引いた。

 轟音と共に放たれた銃弾はまっすぐにルルライン平原の中央、キアブレスへと飛んでゆき……。

「命中、キアブレス伯は落馬したよ」

「僕のほうでも確認できてるよティム」

 二人が感慨もなく、いつも行っているようなテストの時のように会話すると、深呼吸を一回、二人同時に行って銃の解体を始めた。


 そしてスウォンの放った銃弾によりキアブレスが倒れたことにより、ルルライン平原で始まった争いは南方大陸軍の想定したとおり、指揮官であるキアブレスが戦死したことによって終わりを告げた。

 しかしスウォンの人生にとって、この時放った銃弾こそが彼の新たな戦いの始まりになっていくことは、この時の誰もが思ってもいなかったのだった……。

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