1322年 ワルス海岸へ

「急ごう、戦いはいつ始まってもおかしくない」

 ルルライン平原の東部に、平原を縦断するように存在しているルルライン渓谷に四人の姿があった。

 河川が存在しない渓谷で、いつどのようにこのような地形が形成されたのかは諸説あるが、この場所には大陸プレートも火山も無く、何かしらの原因で隆起、または陥没した結果今のような渓谷が形成されたことは人類が南方大陸に降り立って以降幾度となく行われた調査で判明したことである。

 最も、この世界の成り立ちを紐解く可能性のあるこのルルライン渓谷も今のスウォンを始めとする四名には関係のないことである。

「でも海岸を目指すのはいいけれど、到着したときには既に戦闘が終わってたなんてことになってたらどうするのよ」

「どうももないよウェンディ、僕たち四人で逃げるか、キアブレスを討ち取るしかない」

 実はキアブレスの軍勢は、南方大陸の自治連合軍と比べたら圧倒的に人数の面では劣っている。

 様々な文献、その中でもキアブレス側について信憑性の高いいくつかの資料を照らし合わせるとおよそ五千程であったと推測される。

 それに対し、南方大陸側は自治体が組織している軍に合わせて、大陸全土から義勇軍がが集まり、そこに南方大陸に協力的な西方大陸の異能力者も数人程度だが加わり、その規模は三万に登っていたと言われる。

 普通なら数で圧倒している南方大陸側が圧倒的に優位であり、地の利もあるために勝利は揺るぎないものと思うのが当然のことではあるが、それぞれの主力が異能力者と無能力者ということが、この数というもので結論が読めなくなっているのである。

 南方大陸のそのほとんどの領域では異能力は阻害される。

 だがこの人類が初めて南方大陸に降り立った地、ルルライン平原に置いてはその阻害効果は薄く、本来の七割程度の力を発揮することも不可能ではない。

 特に北方大陸の軍は例外なくブースターを装備している。

 ブースターには異能力を封じ込めたものと、使用者の能力を向上させるものの二つが存在するが、北方貴族の保有する軍の場合これも例外なく異能力を向上させるものが支給されており、ブースターを用いることで限定的ではあるがルルライン平原では短時間ながら異能力本来の力を発揮することもできる。

 そしてそれの意味することは、戦力の質の差が激しく広がることを意味する。

 南方大陸側も、スウォンが開発した銃を装備しており、訓練期間も取れていたため練度自体は高いが、キアブレス軍のそれは平原全体に対して爆撃と表現する程の砲撃ができるのである。

 異能力における砲撃は砲弾の装填も必要なく、物理的機構が存在しないために連射ができる。

 広範囲を絶え間なく攻撃できる異能力者の軍に対しては、兵の数を揃えても不利になるだけ。というのが異能力が世界で活用されて以降の軍事的常識である。

 しかし南方大陸軍は無能力者の集まりであり、異能力を使えるものも西方大陸から来た少数と、メクリスが声をかけた幾人がいるだけで戦力として考えるには些か難しいところである。

 となれば数を揃えるしかなく、メクリスという賢者をもってしても他に策を思いつかなかった程だった。

 そのため一度開戦となれば結果は自ずと決まっている。

 スウォンたちはそうならないように起死回生の一手としてこのルルライン渓谷を抜け、ワルス海岸、キアブレス軍の裏手に周り、スウォンの試作した銃で狙撃を行いキアブレスを殺すことで戦いを終わらせる作戦をとったのだった。

「元々失敗して当然、成功する確率のほうが低い作戦だ。だが自治連合軍からすればそんな博打みたいな作戦が最も勝率が高いから仕方なく皆が納得したわけだからな」

 渓谷も半ばまで進んだところでトーマスが愚痴のように独り言を漏らす。

 誰に向けたわけでもない、声にすることで今自分がここにいることに対して自分を納得させるためだけのものであるが、スウォンはその独り言に返事をした。

「だからこそだよトム、皆が僕を信用して任せてくれた。中にはそうじゃない人もいたかもしれないけれど、多くの人が僕を必要と言ってくれた。僕がこの作戦を成功させたいと思うにはそれだけで十分だったんだよ。これは皆のためじゃなく、僕が僕自身のためにやるんだ」

「スウォン……」

 スウォンはティルレイン領を追放されてから必要にされたことがなかった。

 そんなスウォンがこれだけ多くの人に必要とされ、期待を向けられたのは継承の儀以上のもので、スウォンにとっては自身の自信のなさ、卑屈になった元凶と似たような状況であり、この作戦を成功させることができれば自分にもこの世界に産まれた価値を見いだせるという心境で自分自身にかなりのプレッシャーをかけている。

 明らかに気負い過ぎというスウォンの表情に三人はお互いを見つめ、アイコンタクトの領域で全員が同じことを考えた。

「だから一人で全部背負うなって言っただろスウォン」

「トム、でもこれは僕が……」

「別にお前の銃が重要なだけで撃つのはお前でなくてもいい、違うか?」

「それは……そうかもしれないけれど、一応僕はこれのデモンストレーション用に訓練をしていたんだ、少なくとも僕が一番うまく扱える」

「よし、だったら私たちはスウォンを安全無事にそれが使える場所までちゃんと送り届けないとね。それともスウォン、私たちはその程度すら手伝わせてもらえないのかしら?」

「ウェンディ……その言い方は卑怯だよ」

「まぁそもそもここまで来てて、既にいつ開戦してもおかしくないにらみ合いになってる。少なくとも僕たちはスウォンと同じように、できるだけ人が死なないようにと自分で選んでここにいるんだ。そしてそれと同じか、それ以上にスウォンを失いたくないと思ってる。だから……君の手助けをして、尚且つこの戦いを止めてみせるんだ」

 三人の最後にティムが思いを言葉にしているところでティムが腕輪型のハイブースターを構えた。

「どうやらルルライン渓谷に住んでる化物モンスターの歓迎みたいだね」

 ティムの言葉にスウォンたちもティムの視線の先を見ると、そこには異形の化物モンスターが数体岩陰から姿を現して来ているところだった。

「そんな、こんな時に!」

「まったく、慌てすぎよスウォン。今私が言ったばかりでしょう。私たちはスウォンを無事に送り届けるのが役割なんだって」

 ウェンディが槍の形をしたブースターを構えて前に出る。

「スウォン、そいつは使うなよ。キアブレス軍の斥候がいないとも限らない状態でそいつの音は鳴らせないからな。ティム、ウェンディを援護するぞ」

「わかってる!早く片付けないとスウォンの目的を果たせないから急ぐよ二人共」

 ウェンディが化物に向かって地面を蹴って飛び出すとほぼ同時にトーマスの掛け声でトーマスとティムがそれぞれが得意としている異能力でウェンディを補助する。

 トーマスの火炎と、ティムの身体強化に援護されたウェンディは、化物モンスターが声を上げる前にその活動を止める。

「三人とも、まだ気配はあるから油断しないで!今はまだ様子を見ているけれど何をきっかけにして飛びかかってくるかわからないから」

「こいつは化物モンスターの斥候みたいなものか」

「それぞれが縄張りを持ってる感じだけどね、ともかく急ごう、今のが全力だと思わ

れたら厄介だし」

 ウェンディの言葉に三人が頷くとスウォンが覚悟を新たにし号令をだす。

「よし、行こう、皆!」

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