1322年 ルルライン平原の戦い
南方大陸北西部ワルス海岸・ルルライン平原
かつて西方大陸の冒険家が人類で初めて南方大陸に降り立った地であり、その冒険家の名前を持つ海岸と平原である。
彼の冒険家が降り立って以後、異能力が阻害され、更には三大陸の中で最も聖地に近い場所だったために政治的、宗教的な理由で貴族たちから不可侵の地とされている場所であり、南方大陸に移住した無能力者たちも貴族たちを刺激しないようにと開発を見送っていた場所のため手付かずの自然が多く残っている場所でもある。
しかし今は違う。
ワルス海岸付近にはキアブレスが陣を敷き、ルルライン平原南東部には自治体の連合軍が陣を敷いていた。
「うぅ、なんでこんなことに……」
南方大陸軍の陣の中でスウォンが今にも泣きそうな声で自身が試作した新作の銃を組み立てていた。
「スウォン、お前がやらなきゃいけないからだろ、そいつはお前しかまともに扱うことができないってお前が言ったことだろうよ」
「そうだけどトム、僕は人を殺したことなんてないし、殺したいと思ったこともないんだよ」
「俺だってねぇよ。だけどやらなきゃここに集まった三万人は全員死ぬ。わかるよな」
先日の会議は実質、スウォンの新作発表会のようになり、その性能を見聞きした自治体の長は全員がとある作戦を同時に思いついて満場一致で決定してしまったのである。
「メクリス先生ですら他の作戦案が思いつかなかったんだ、俺も付き合ってやるからいい加減腹を括れよ」
「トム……あぁでも僕にこんな大役は務まらないよ」
トーマスの励ましでもスウォンは自信が持てずに銃を組み立てる手も止まったところで、室屋の入口から勢いよくそれは現れた。
「お困りのようね!」
「ちょ、ウェンディ……や、やぁトムにスウォン久しぶり」
突然の二人の登場にスウォンだけでなくトーマスも動きを止めて二人を見つめる。
「なによ、せっかく義勇軍としてコリューネから助けに来たっていうのに」
ルドベキアに出会う前のウェンディの態度にトーマスは。
「なんだ、ルドベキア様のようになるのはやめたのかウェンディ」
「なによ、助けに来たのにこの言われよう、ひどくない?」
「助けって、何をやるつもりだよ」
「これでも槍と弓は練習してたのよ、護衛ができる」
ルドベキアのお世話をしていた時はどうやって練習していたのかと、トーマス以外も思ったりしていたが、特に誰も口にしなかった。
「大丈夫、僕も一応小貴族の息子だしね、ウェンディのフォローくらいはできるよ」
「ティム、お前まで……別に戦場に出る理由もないだろ」
「そうだね、でもそれならトムだってスウォンだって無いはずなんだよ。それどころか誰にだってそんなものは無いだろう。戦場に出る理由なんてのは自分で決めるものだよ。僕は皆に死んで欲しくないから、今ここにいるんだ」
「まったく、ティムは普段はおどおどしてるのにこういうときは頼りがいになるんだから、ねー」
いたずらが成功したような笑みで言うウェンディに、トーマスとスウォンが呆れて諦めたようなため息をしてから。
「まぁここから帰れって言ってもそれはそれで危ないからね、既に両軍共に陣を敷いちゃってるし、お互い斥候を走らせ続けてるから」
「そうだな、ティムはともかくウェンディは貴族じゃないし貴族と取引のあるシーカーでもないからな、あちらさんに捕まったら何をされるかわかったもんじゃない」
「なんでティムはともかくなのよ」
「ティムは西方大陸の貴族の子息だからね、戦争に参加していない状態なら外交問題になるから。少なくとも今北方大陸の飢餓の副要因の1つである貿易規制が更に強まればそれこそ、北方大陸全体が沈みかねないから、ティムには手が出せない」
「この戦いに参加しなければ、という注釈がつくけどね。それに僕の父様はそれほど有力貴族ではないから、黙殺される可能性もあるし……そういう意味ではウェンディと同じ感じだと思うよ」
4人が会話をしているところにメクリスがいつもの笑顔ではなく、真剣な表情で近寄ってきて。
「楽しそうなところ申し訳ありませんが、スウォン君、君に色々と重責を背負わせてしまいなんと言っていいか」
「メクリス先生、ご心配されなくても大丈夫です。これは僕が選んだ道ですし、キアブレス伯とはあまり面識がないので心を痛めてくださらなくても……」
むしろスウォンにとってはティルレイン領から自身と母を追放するべきと主張していた貴族たちの筆頭である。
後の歴史学者たちの間でも意見が分かれるところではあるが、奇しくもこのルルライン平原の戦いはルドベキアとスウォン10世をティルレイン領から追い出した貴族の筆頭であるキアブレスとの対決という構図であり、人によっては仇討ちなどの言葉を使われることもあるが、母親であるルドベキアの性格とこれまでのスウォン10世の言動から推察するに、スウォン10世はただ母の眠る地を守りたかったのではないのかという論説が主流である。
そしてそんなスウォンに対しメクリスは首を横に振り。
「いえ、この戦いに参加することで確実に君は担ぎ上げられるでしょう。あなたはまだティルレイン領を継ぐことができる権利が残っています。私ができるだけその辺りの話しは抑えるつもりですが……いつか担ぎ上げられる可能性は高いです」
「ですが僕はガイアスウォードを扱えません、跡を継ぐのは弟……ケヴィンのほうが相応しいと思うのですが。そうでなくても僕がマウントヒルを離れた後、母とは違う人の、腹違いの弟もいると聞いていますから」
「周囲の人、特に南方大陸の自治連合の方々はそう考えない方が出てくるでしょう」
スウォンは未だにティルレインの家から除名されておらず、口頭でもスウォン9世は彼のことについて特に言及していないため、メクリスの言うように家督を継ぐ資格自体は消失していない。
このことを政治的に利用しようと思う人間は少なくはない、今現在弱体化しているとは言え、北方大陸の中心的な貴族の息子である。現ティルレイン公の没後スウォンを旗頭にすればうまくいけば北方大陸の懐柔も可能であり、そうでなくとも更なる弱体化を狙え、南方大陸の鷹派の人たちにとっては都合がいい。
もちろんメクリスは当然そのような流れは難しく、流れができるとは思っておらず、スウォンもまったくそのつもりがないため、よほど世界情勢がスウォンを要求するようなことにならなければ実現することはないであろう。
「起こるかもわからない未来のことも結構だけれど、今は目の前の事実と向き合わないと。キアブレス伯が様々な条約を無視して南方大陸に攻め入ってきたことは事実なのだから、そこに住んでいる僕たちはそれに対処しないといけない。ですよねメクリス先生」
「……そうですね、起こるかもわからない未来を心配するよりは、今起こっていることに対し全力で当たらなければなりませんでしたね、弟子に教えられるとは私もまだまだ未熟ですね」
そう言い、二人が笑顔になったことを確認してトーマスが。
「ともかくあれを放置すれば力の弱い人から殺される。父さんと母さんから聞いた話しだとそのキアブレスってのは無能力者差別の旗頭でもあるんだろう?だったら農奴にすらせずに人類にとって今まで起きたことのないような虐殺すらありえるんだ、絶対に止めないといけない。それこそ相手の命を奪ってでもだ」
「流石にそれは止めないとね、手を汚すことを嫌がるのは必要だけれど、守りたいものが全て奪われそうな時にまでそんなことを言ってられないもの、ルドベキア様のお墓だって、あるんだから」
「トム、ウェンディ……」
「僕もだよスウォン、西方貴族代表なんて僕が言えないけど、全力で助けるから、一人で背負う必要はないよ」
友人たちの言葉を受けて、スウォンは自分が一人ではないことを噛み締めて。
「……わかったよ、でもそれなら早く行こう。僕たちが実行するまでは南方大陸側は待機する手はずだから」
スウォンはそう言うと、自身の試作した新型銃を背負い立ち上がった。
そして、歴史のターニングポイントとなるルルライン平原の戦いが始まったのである。
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