1322年 南方大陸自治会議

 南方大陸南部港街コリューネ


 北方大陸の貴族が南方大陸を目指して出兵したとの情報は瞬く間に南方大陸全土に広がり、北部に住んでいる人たちは訪れるだろう戦乱から多数難民・移民としてコリューネの街に集まっていた。

 この事態を受けて南方大陸の人口密集地における自治会の長が集まり、毎年技術発表会の行われる会場で対策会議が開かれた。

 コリューネの代表はメクリスで、スウォンも補佐として参加しており、トーマスも大陸を跨ぐシーカーとして有名だった両親に連れられて現在の世界事情に詳しいものとして呼ばれていた。

「北方貴族がついに南方大陸にも侵略してきたのか……せっかく逃げてきたというのに」

「なぜ今になって、西方貴族との条約を破ってまで北方貴族が攻めてきた理由はわかりませんか、ウェル夫妻」

 悲観的になっている一人を横目に冷静な人間がウェル夫妻に質問をする。

 この二人は南方大陸でも北部に位置する街の代表者で、情報が確かであれば真っ先に危険が及ぶ自治体の長である。

「昨年から続く農作物被害が根底にあるとは思いますが、いかんせん私たちシーカーは政治にはあまり明るくありませんので……」

「今回北方大陸を出航したのはキアブレス伯。北方貴族連盟の力関係では中堅と言ったものですが、貴族連盟の中では縁の下と言った方だったと私は記憶しております」

 レイモンドが質問に答えるものの、世界的に有名なシーカーであるウェル夫妻だとしても民間人であるため、政治の世界には疎い。

 しかしながらルドベキアと知己のあったメクリスが補足する形で答えた。

「重鎮とも呼ぶべき貴族がなぜ今回のような行動を?」

「昨年、キアブレス伯は私財を売り出して規制に反対していた西方貴族と貿易をし、不足していた食料を調達したとも聞いています。そして今年も昨年の大雨の影響で多くの農地が未だ使えない状態であったのと、北方大陸中央が日照りによる干ばつで収穫高が減ってしまったことが重なった結果が、今回のキアブレス伯の南征でしょう」

「つまり、南方大陸に食料と農地を求めていると、メクリス先生はお考えで」

 質問してきた北部の街の代表者に対しメクリスは静かに首を縦に振って肯定を示す。

「キアブレス伯は出世欲は持っておりましたが、条約を破ってまで領土拡大を行うほどの無知でもありません。更に今回は北方貴族にとっては魅力の薄い土地である、異能力が満足に発揮できない南方大陸を標的にしているのでしょう?そうなれば彼の目的は農地であると考えられます」

「確かに、今現在わかっているのは明確に南進しているということだけですが……」

「単純なことです、彼は異能力至上主義ですので無能力者を見下しております。食料不足に陥っている状態であるのでしたら兵糧も少ないでしょうし短期決戦が可能な相手を選択するでしょう」

「つまり南方大陸を見下している?」

「見下すというよりは侮っているというほうが正しいでしょうね、少なくとも私がティルレイン領に出入りをしていた時にティルレイン公と会話をさせていただいた際ティルレイン公はむしろ警戒をしておりましたので。異能力は所詮500年程度の歴史しかありませんし、800年の間異能力に頼らない技術練度を持っている南方大陸は場合によっては驚異になりうると考えている節が見受けられましたので、ティルレイン公の周囲は今回のキアブレス伯の件は静観するでしょう」

 自らの師であるメクリスの口から父親の一面を聞かされ、スウォンは少し表情が暗くなるものの内心では少し嬉しかった。

 少なくとも今のメクリスの言葉の中では、父は自分をいらないものと捉えてはいなかった可能性を感じられた為ではあるが、同時にティルレイン領から自分と母を追放したことへの感情がうまく処理できない。

「ならばそのキアブレスという貴族だけを相手にすればいいということですか?」

「私はそう考えますが、キアブレスは北方の有力者であったことには違いありませんので……」

 メクリスの言葉が濁る理由は単純である。

 キアブレスという貴族は北方大陸の中でも有力者、軍事面で言えばティルレイン、アイアスに続くとまで言われるほどの奸雄である。

「キアブレス伯は今回の南征に際し二桁に達する大型船を準備し、民を首都に集めそこを守れる最低限の兵を残して全軍で南進しているらしいことは確認しております。となれば彼の軍隊は五千は見積もるべきでしょう」

「こちらは各自治体の条約上出兵できる分で二万、義勇兵を募れば三万に届くかというところではありますが……」

「相手は全員異能力者、上陸する場所にもよりますが南方大陸でも異能阻害があまり無い土地……例えばワルス海岸付近に陣を作られた場合、こちらの戦力不足は否めません。私は人道的な立場から南方大陸軍に参加しますが、ウェル夫妻は民間人。義勇軍に参加なされない限り強要はできませんので、戦力差があまりに大きすぎます」

 南方大陸には各自治体における常備正規軍と、非常時において招集される義勇軍と行った自衛のための武力組織が存在する。

 これは南方大陸の自治体同士が有事の際兵力を貸す形で融通する制度でもあり、それぞれを一律にまとめる法律は無いものの、実質的な連邦制に近いものであったが問題は兵の集まりの心配ではない。

 メクリスの言うように北方貴族の私兵は基本的には全員が異能力者で構成される常備軍である。

 細かく各人員の適正に合わせた兵種が割り振られ、その中には砲兵も存在し、数を揃えて接近しなければ打撃を与えられない無能力者ばかりの南方大陸の軍にとって、弾の装填が必要無い大砲の雨の中数で押し続けるしか取れる作戦が無い以上、その被害は甚大なものになることが予想される。

 武器のほうはスウォンの発表もあり、銃が基本的な武装として普及はしているもののその大半が未だにフリントロック式、またはマッチロック式の旧式であり、最新量産品であるレバーアクションライフルはコリューネを含めた少数にしか配備されて居ないため、異能力による砲兵の射程をかいくぐらなければならないことには変わらなかった。

「レバーアクションの部隊で斉射するというのは……」

「いやそれでは遠隔異能で狙われ……」

 現在各々が持っている力で、圧倒的な力を持つキアブレスの軍に対抗する考えを述べ合うものの、議論はまとまらずこのまま何も決まらないかと思われたその時、トーマスが思い出したように口を開いた。

「そういえばスウォン、お前新作を完成させたって言ってなかったか、今までの銃とは一線を画す性能になるって」

 トーマスの言葉に会議に参加していた全員が自身の考えを口にするのを止めて、スウォンの顔に視線を集中させた。

「何を言ってるんだよトム、あれはまだテストを一度もしていない代物で作るのにお金もかかるし組み立てる工数も多い、今から量産するのなんてできやしないよ。そもそもレバーアクションよりも部品の精密性が必要になるから職人に技術の習熟も必要だから……」

「いや量産する必要はないだろ」

 トーマスの言葉にスウォンは目を点にさせる。

「それはどういう意味だい」

「お前の新作なら射程外から、指揮官だけを狙い撃てるんじゃないかってことさ」

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