1322年 続く凶作
北方大陸では前年に続き、この年も例年に比べ収穫高が芳しくなく大陸東部では餓えが身近なものと成り果てていた。
前年の大凶作では中央の備蓄を開放することで辛うじて食いつなげたものの、2年連続ということもありこの年は中央も自領を賄うのが限界で、最も作付量の多いリューメイア領においてもこの年干ばつ被害が発生し備蓄ができないまで収穫高が落ちてしまっていた。
このため東部貴族たちは自分たちが生き残るために連盟を脱退し、少ない食料を求めて争いを初めてしまった。
「ティルレイン公、東部における紛争は土地への被害も甚大で……あれでは作付も不可能で来年、更なる凶作を招きかねません」
ティルレイン領マウントヒルでは連盟に残った貴族たちが北方大陸全体の問題として捉え、対策会議を開いていた。
「アイアス伯、貴殿の動かせる戦力はどの程度か」
「私の領土は元々農地が少ないためマシではありますが、専属条約で守っているリューメイア領への野盗、
「そうか、リューメイア領は来年に向けて畑を増やしていると聞くし、下手に戦力を割くわけにはいかぬ」
「そうは言いますが、紛争が続けば難民が増えます。現在中央も西部も受け入れられるほどの余裕が無い以上は早期解決を行う必要があるでしょう」
「それも理解するが……民に口減らしと思われるような出兵は避けねばならん。我々の中で最も武勇に優れたアイアス伯の軍勢が千しか出せぬとなれば、全軍が死に物狂いで当たってくる軍相手には流石に厳しい」
会議は踊りすらしない、全員が現時点でできることを全力で当たっているために戦争を行うほどの余力が無いため、東部紛争への対策はやらなければならないものの手を打つことができないでいるのだ。
東部貴族も当然余力など無いが、口減らしの意味も含め、相手から食料を奪わねば全員が飢え死にするという追い詰められた状況だからこそ、紛争に参加している全員が自身の命すら惜しいとは思わず、捨て身で戦っている。
「既に民間人を殺して食らう事案も出ているらしいからな……連中には既に理性というものは期待できん以上勝算なく戦を行うわけにはいかん」
「そうですなぁ……ティルレイン公の仰る通り、指揮官を討てば終わりという状況では無いだろう。それこそ全軍を滅ぼす覚悟がこちらになければ、更なる地獄が生まれるだけですな」
スウォン9世とアイアス伯の言葉に、会議に出席している貴族が全員口を紡いだその時、慌ただしく会議室の扉が開く音が響いた。
「何事だ、騒々しい」
「申し訳ございませんが、緊急の事態故お許しください」
会議室に入ってきた兵士は西部の貴族の叱責に謝罪しつつも、スウォン9世の傍まで駆け足で近寄り耳打ちで伝達した。
「それは、本当か?」
「はい、草が通信異能を用いて映像込みで報告してきましたので」
「その映像、ここで流せるか?」
「はっ、少々お待ちください」
スウォン9世は兵士にそう命じると、兵士が会議室の壁面を操作して紙で作られた内壁を全員に見えるように出すと懐から正四方形の物体を取り出して操作すると、内壁に光が広がり動画として表示された。
映し出された映像は海岸、そこに横付けされた多数の大型船に大勢の人間が乗り込んでいくのが動画で映される。
「……旗がないな、誰だ」
「報告ではキアブレス様のものかと」
「馬鹿な、あやつはまだ西方大陸北部の貴族と通商が生きていたはず。それなのに条約で禁じられている他の大陸への出兵をするとは……」
「……いえ、むしろ此度の大凶作で最も被害を受けたのはキアブレス伯かもしれません。彼は東部から南部の貴族の中でも政治力はありましたが、領土の大半が荒地と沼でまともな農墾は不可能でした。しかしティルレイン公が今仰ったように彼は規制の影響を受けない通商ルートを持っていたために手持ちの財で食料を調達して……」
リューメイア伯の推論は当たっていた。
この2年に渡る被害に置いて、中央が出せる分では足りなかった食料の大半はキアブレスが調達していた。
このことはスウォン9世も把握はしていたものの、凶作を全て乗り切った際に何かしらの手当てをだそうとしていたため、落胆の色を隠せない。
「先の会議で足りないものがあるのなら、食料以外なら工面できたものを……」
「後悔は先に立たぬもの、ティルレイン公、今はこの事態に対し我々ができることを模索しなければ」
「……できることはない。今から現地に向かったところで既に出航した後だろう。そして例え間に合ったとしても我らにキアブレスを止めるだけの兵力も食料もない」
スウォン9世のその言葉に会議室にいた全員が口を紡いだ。
現実、キアブレス出兵の報を聴く直前に東部紛争を諌めるだけの兵を出すこともできないと話し合っていたのだから当然ではあるが、いずれも歯がゆい表情であった。
そしてキアブレスは南方大陸を目指して出航してしまったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます