1318年 発表会
この日、コリューネの街では南方大陸中から様々な人間が集まっていた。
毎年コリューネでは異能力に頼らない、それに代わる技術を開発するための研究者の発表会が行われていたのだが、今年の発表会は一際、それこそ西方大陸の商売を行うものまで集まるほどの技術が発表されると事前に喧伝されていたからである。
13歳となったスウォンとトーマスもこのお祭り騒ぎに少年らしい瞳の輝きを持ってその会場へと来ていた。
この時、スウォンの母ルドベキアは体調を崩しており、発表会に参加する貴族と共にコリューネを訪れていたウェンディとティムはルドベキアの看病で会場には来られなかった。
「全部ウェンディとティムに任せちゃってよかったのかな……」
「ルドベキア様が普段よく手伝ってくれてるスウォンのことを思って会場に行ってきなさいって言ってくれたんじゃないか、スウォンはもうちょっとルドベキア様に甘えていいと思うぞ」
「母様はお体が弱いから、僕がわがままを言えばそれだけ母様のお体に悪いことになっちゃうよ」
「まったく、そういう卑屈ってレベルの謙虚さこそルドベキア様は心配してるんじゃないかね」
「そう、なのかな……あ、トム。発表が始まるみたいだよ」
スウォンが促す先をトーマスが見るとそこには数人の男と厚さ数センチメートルと思われる鉄板が用意されていた。
「お集まりの皆様!今年の南方大陸技術発表会、目玉となる発表を始めさせて頂きます!」
「へぇいきなりやるんだ」
「……いや、発表会が始まって以来初の出来事だと思う。僕は毎年来てるけど目玉は発表会の後半で行われるから、よほど自信があるのかな」
南方大陸技術発表会では毎年、何かしらの目玉発表がある。
通年、この目玉となる発表はスウォンの言葉通りに後半で行われる慣習があるのだが、この年では発表会の最初に行われたのだ。
「ここに用意しましたのは厚さ三センチの鉄の板、今までの武器では表面を傷つけるだけ、異能を用いたとしても貫通破壊するには相応の想像力が必須となる代物です」
「そうなのトム」
「壊すだけならまぁ、あれ以上の質量か鉄が溶けるだけの熱を加えればいいんだけど貫通となると、思いつかないな」
異能力の発現には相応の想像力が必須。その壇上にいる男の言葉をトーマスは肯定する形でスウォンの問いに答えた。
「それではこの私の懐から取り出したる鉄の筒、これに黒色火薬をこの程度の量詰めまして……」
男はそう言ってもたつきながらも筒に火薬を入れ、棒で押し込み、親指ほどの大きさの鉄球を筒に入れた。
「えーっと……説明どこからだっけ。まぁいいか、そしてこの導火線に火を点け鉄板に狙いをつけ……この引き金と呼ばれるものを引けば……」
男がそう言ったと同時、火薬の弾ける音と共に鉄同士が強い力で衝突する音が会場に響き渡った。
観客どころか他の発表者たちも不意な音に耳鳴りがし、抑えて耳鳴りが静まるのを待ちながらも壇上の男、音の発生源に視線を集中させる。
「それでは、こいつの威力をご確認ください」
誰にも聞こえていないのだが壇上の男はそう言って鉄板を会場にいる全員に見えるよう回転させると、そこには先ほど確認したときにはなかった穴が空いていた。
おぉとどよめく会場の中、スウォンの表情は今ひとつのもので、トーマスがそれに気づく。
「どうしたんだよスウォン」
「……いやねトム、あれじゃぁただ大砲を小さくしただけだ。威力は確かに凄いとは思うけれどあれを武器として使えると思うかい?」
「いや、でもすごいことなんじゃないか、あらかじめやっておけば……」
「黒色火薬はすぐに湿気るし、あの方法だと穴が下を向いたら火薬も鉄の玉も全部落ちちゃうだろ、充填しておいてってのはできないよ」
「じゃあスウォンならどうする」
「そうだね……」
とスウォンが考え始めたところで壇上から。
「そこの少年!私の発表に、銃にケチを付ける気かね!」
男がスウォンを指差して叫ぶようにして言ってきた。
「銃?」
「そうだ、それが私の作ったこれの名称だ」
「それではその銃、少々効率や利便性が低いのではないかと思うのですが」
「それは……今考慮の最中だ!」
「それでしたら、この少年に手伝っていただくのは如何でしょう」
男とスウォンの会話に、一人の笑顔の青年が割り込んできた。
「なんだ貴様」
「あぁこれは申し遅れました、私メクリスと申します」
「……なるほど、割り込んでくるわけだ。だがその少年に手伝ってもらうとはどういうことだ」
「簡単なことですよ、彼は今この場で一度だけ見た銃の欠点を全て挙げてみせたのです、少なくとも粗だしには役に立っていただけると思いますが……私は彼のアイデアを聞いた上で判断しても遅くはないとは思いますので、彼の思う改善案を今ここで聞いてみるのは如何でしょう」
メクリスと名乗った青年の思いがけない提案にスウォンは驚くものの、小さい声でそれに答えた。
「えっと……発射されるもの、そちらのほうに火薬を詰めるのはどうでしょうか。それならば発火材や導火線に頼らず、衝撃による火花のみで発火できると思うのですが……どうでしょう、か?」
「君は誰かを師事していたりするのかい」
「いえ……あ、幼い頃に多少教育環境には恵まれていたとは思いますが」
「なる程、では君の名前を聞かせてもらえるかい」
スウォンが思いついた案を口にした直後、会場が静まり返ったがメクリスだけがスウォンに詰め寄る勢いで名前まで聞いていた。
「ス、スウォンですけど……」
その名前を聞いたと同時に、今度は会場全体がどよめく。
スウォンの名前を聞いたメクリスがどこか納得したような表情を見せ。
「そうか……ルドベキア様は息災かな」
「多少体を悪くされることが多くなりましたが……なぜ母様の名前を?」
「なに、ルドベキア様には以前お世話になったことがあるのです……スウォン君、私の元で学んでみないかい」
唐突な提案にこの場にいる全員が驚きで動きを止める。
しかしその言葉を向けられたスウォンだけは驚きではなく、必死に思考しているといった様子であったという。
そして……。
「貴方の元で学べば、母様の手助けができますか」
それは少年の切なる願い。
「それはわかりません、スウォン君、そこはあなたの頑張り次第です」
メクリスのその言葉に、決意の表情となったスウォンは、こう答えた。
「よろしく、お願いします」
「はい、それではまず……彼の研究発表をお手伝いしましょうか。明らかに妨害してしまいましたしね」
この年の南方大陸技術発表会はスウォンとその師であるメクリスの出会いの日となり、そしてトライランドに銃という新たな武器が人類にもたらされた日でもあった。
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