1315年 スウォンとトーマス

――――西方大陸南部の町、シーリア


 周囲に多くの遺跡があり、ハイブースターを求めてシーカーの集まるこの町は西方大陸南部における交通の要所でもあった。

 主に遺跡発掘の拠点として発達したシーリアではあるが、近くの海岸や遺跡が俯瞰で見下ろすことができる丘があるなど、一般人にとっては観光、貴族にとっては保養地として知られている。

 ルドベキアとスウォン10世はルドベキアの生まれ故郷でしばらく過ごしていたものの、様々な方法で北方貴族連盟から圧力をかけられた結果ルドベキアは実家を捨てて北方貴族が手を出しにくい南部へと逃れる最中に寄ったシーリアで数年滞在することとなる。

 これは既に名の知られていたシーカーであるレイモンド・ウェル、イングリッド・ウェル夫妻に誘われたこともあったが、滞在を始めた数日の間に周囲の人間をあまり信じなくなっていた息子、スウォンの近くに夫妻の息子トーマスとの関係がそこまで悪くなかったことと、今まで同年代の子供と接していなかったことからルドベキアはスウォンのために長期の滞在を決めたのだと伝えられている。

 しかし、これまでのスウォンの周辺。とりわけ貴族やその使用人たちから無能力ということで憐みを、スウォンは多感な少年時代に受け続けていたため自分自身を卑下する言動が見受けられ周囲に当り散らすこともあり、その度にルドベキアにたしなめられることが続いていたある日……。


「なぁスウォン、異能ってそんな重要だと思うのか?」

 唐突にトーマスがそんなことを口にした。

 西方大陸では無能力者であっても差別はほとんどされては居なかったものの、異能力は生活に密着しており、人によっては生活のあらゆることに異能力を用いて運用するほどである。

「そんなって……なきゃ満足に生きていけないだろ。人より異能の力が強いトムにはわからないさ」

「そうだなわからん。だから今聞いたんだ。異能が無くったってスウォンは今まで不便を感じることはあっても不可能なんてことはなかったんじゃないのか」

「何をやるにも人より遅いよ」

「でもルドベキア様の手伝いとかはやってたんだろ」

「それは……」

「他にも俺たちと遊ぶとき、スウォンは異能を使わないときは俺たちの誰よりも器用だし、俺たちが思いつかないようなやり方をいっぱい知ってるじゃないか」

「効率は悪いよ」

「異能を使った場合と比べんなって、異能を使えばそりゃイメージ通りに動かせたりできるんだ、効率がよくって当然。でももし異能が使えないような場所だった場合、スウォンみたいな奴のほうが生き残れるんだよ」

「生き残るって……トムは一体何を想定しているんだよ」

「俺の親はシーカーだからな、遺跡の内部では異能力がうまく作用しない場所も少なくないって話しを聴いてるんだ。俺も将来シーカーになりたいからこそ、異能がなくても色々器用にこなせるスウォンのことを尊敬してんだよ」

 トーマスの言葉に、スウォンは驚くような、それでいて呆れるような表情で固まってしまう。

 今まで自分が出会ってきた人たちは皆、何かしらの形で異能力のことを誇りにしていたし、かなりの割合で異能力があるという前提だった。

 だが今スウォンの目の前にいる同い年の、それも異能力が他の人よりもうまく扱えるトーマスは明らかに違ったのである。

 誰よりも異能を扱える彼が、異能力を前提としない、むしろ使わない前提で色々考えていることに驚きを隠せなかったのである。

 そして何よりも、そんなトーマスが自分のことを尊敬しているとまで言ったのだ、それが真意かどうかはわからなかったが、今のスウォンにとってはそれはそれほど重要なことではなかった、今まで生きてきて、異能がなくてもいいということを平然と口にしたのは母であるルドベキア以外知らなかったからである。

「トム……」

「なぁスウォン、ルドベキア様を見てどう思う。母親ってのはあるだろうけれど西方貴族の中でも実力者である名家の生まれで、北方貴族の盟主の妻。それほどの人がこんな町っちゃなんだがシーリアみたいな町で暮らしてどんな顔して、この町にいる人たちとはどんな感じに接してるよ。老若男女、その上で異能力者、無能力者関係なく誰にでも平等に接してくれてるんだ、今のご時世ルドベキア様のような人のほうが奇異な目で見られるんだろうが、俺はルドベキア様のような人こそが本当は人の上に立つ人なんだろうなって感じるよ。まぁあまり定住しないシーカーの家に生まれた俺の考えなんかは、本当の政治の世界ってのには通用しないんだろうけどさ」

「そんなことない、母様は気高い人で……でもその母様の正義、信念が民草に受け入れられているのがとても嬉しそうで……そんな人なんだよ。それに比べて僕は……」

「別にいいだろ、スウォンはスウォンだ。ルドベキア様だってスウォンのことを自分のコピーにしたがってるわけじゃないだろ」

「違うに決まってるだろ!」

「だったらそれでいいじゃないか、スウォンはスウォン、異能力がどうとか嘆く必要は無いんだ。その発想力と器用さを活かしてスウォンらしくやればいいじゃないか」

 トーマスはそう言って笑顔を見せた。

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