1313年 トムの小さい大冒険

――――西方大陸南部の町、シーリア


 ここにハイブースターの発掘業『シーカー』の第一人者であるレイモンド・ウェル、イングリッド・ウェル夫妻が住んでいた。

 この二人には一人息子がいる。

 名前はトーマス・ウェル、今年8歳になるこの子はとても優秀なシーカーの両親の背中を追い、自らもシーカーになるべく今日も元気に友人たちとともに洞窟探検に赴くのであった。


「今日はこの洞窟にしよう!」

 トーマスは洞窟を入口から内部を覗きながら友人たちに告げる。

「ちょ、ちょっとトム、ここって熊の住処だから近づいたらダメだって、大人の人たちが皆言ってる場所じゃない!」

「ウェンディはそれを信じてるのかい?」

 ウェンディと呼ばれた女の子はトーマスの問いに頷く。

「そりゃそうでしょ、そのために町の外壁が新しくなったんだし」

「そうだよなぁ、出なかったらお金にうるさい町長さんが素直に外壁作るお金出すわけないじゃん」

 ウェンディの言葉に続いたのは西方大陸でも珍しい鍛冶屋の次男であるティム。

 基本的にトーマスはこの二人と一緒に遊んでいて、幼馴染と呼ぶにふさわしい仲である。それ故にお互い言いたいことを言い合える仲ではあるのだが、8歳という年齢はそこにオブラートというものは存在しない。

「まったく、ここにハイブースターなんか無いわよ。そもそも私たちが行ける範囲だともうトムのお父さんたちが回収しちゃってるんじゃないの」

「ちょ、ウェンディ……それトムが一番気にして……」

 そのやり取りにあからさまに怒った表情になったトーマスは。

「じゃあもういいよ、僕一人で行くから」

 そう言って一人で洞窟に入ろうとするトーマスに対してウェンディとティムは慌てて呼び止める。

「ちょっと!本当に一人で行く気なの!?」

「危ないよ……トムはいつも無茶なことするから、下手に熊を刺激しちゃうかもしれないし」

「だったらなんだっていうんだよ」

「私も一緒に行ってあげる、トム一人だと熊に食べられちゃいそうだし」

「もう、ウェンディは……二人だけにすると余計に熊を刺激しちゃうかもだから僕も一緒に行くよ」

 こうして三人はシーリア近くにある洞窟へと入っていった。

 洞窟の内部は入口から入ってくる光だけで薄暗く、奥に行けば行くほど視界がなくなるほどの暗さではあるが、暗さに目が慣れるとある程度の道や足元は把握できるという、暗く寒暖差に強く無い動物が住むのに向いている環境であった。

「暗いな……」

「洞窟に入るのに灯り、持ってこなかったの?いつもは松明とかランタンを用意してるのに」

 いつも探検をする時には事前にウェンディとティムに話しておいて、持っていく物を分担することがいつものこととなっていたため、ウェンディは今回秘密にしていたトーマスが全て準備していたものと思ったのだ。

「いや、そんなの用意してないよ、かさばるし」

「……は?」

「だから用意してないって」

「さぁティム、帰りましょうか」

「ちょっと待てってウェンディ、えっと、こんな感じだったかな……」

 帰ろうとするウェンディを引き止めたトーマスは、手のひらを天井に向けるように自分の胸の位置で広げて意識を集中させると、小さいながらも白く発光するエネルギーの塊が手のひらに乗るようにして生まれた。

「え、トムそれって……」

 ティムがつぶやくように聞くとトーマスは得意げな表情で答える。

光弾ライトボール、できるようになったんだよ。だからかさばる松明やカンテラは置いてきた」

「途中でそれが消えたらどうするのよ、松明やカンテラならもう一度つければいいけど異能力の光だとトムの体力次第じゃない」

 ウェンディの言うことは最もで、プロ、それも優秀とされるシーカーは基本的に異能力には頼らない。

 これは今ウェンディの言葉そのままの理由で、探索がどれだけ続くのかわからない状態で、展開中は常時体力を消耗してしまう異能力に頼ってしまえば緊急時に対応ができなくなる。

 そのため長持ちして頑丈なカンテラを中心に、緊急時用の松明に、それすら尽きた最後の手段として用いるのが光弾ライトボールなのである。

 尚改めて言えばシーカーは優秀な異能力者であることが多く、トーマスの両親も稀代の天才異能力者でもあり、その二人から生まれたトーマスも8歳という年齢ということを鑑みれば光弾ライトボールを行使できるということだけですごいことなのである。

 ともあれウェンディの指摘は、優秀なシーカーの両親を持ち、自身もシーカーを目指しているトーマスは当然理解しているが……。

「そんなのわかってるよ、それにウェンディの言った通り熊の巣だったとしたらそんなに深くないはずだろ」

「熊の巣だったら熊を起こしちゃって逃げるか倒すかする必要が出てくるでしょうが!」

 口論が加熱し、二人が粗探しのようなことを言い始めたところで。

「ちょっと、トムもウェンディも静かにしようよ、ここって熊の巣の出入り口……」

 ティムが止めようとしたところで、彼の目にはの姿が目に飛び込んできた。

 言葉を止め、息を飲んだティムの様子にトーマスとウェンディは口論をやめてティムの視線をなぞるようにして彼の見ているものを見ると、そこには熊が二匹立っていた。

 普通ならば四足で行動する熊が、二足で立っているということは威嚇か戦闘状態である。

 幸い攻撃を受けていないということは熊はそこまでひどい興奮状態ではなく、現時点では威嚇しているだけではあるものの、8歳である三人にとっては自身の身長の倍ある巨大な生物の威嚇は命の危険を感じるには十二分であり、この時トーマスの行った行為はその意味で仕方のないものであった。

「くそ!逃げるぞウェンディ!ティム!」

 手のひらに保持していた光弾ライトボールを三人の近くで威嚇していた熊の眉間に投げつけてしまったのだ、この時熊から目線を外さずに離れていれば何事もなく済んだことだろうが、年齢と共に混乱していたトーマスに対してその判断をさせるのは酷というものである。

 ともかくトーマスの行動を攻撃とみなした熊は咆哮を上げ、突撃姿勢に移ろうとしたのを確認したティムは。

「危ない!風渦トルネード!」

 ティムが叫ぶと同時に熊の目の前に小さい竜巻が発生し、熊は突進をするのを一瞬ためらうと、今度はウェンディが。

雷剣ライトブレード!」

 突撃をためらった熊の両目を、小さい帯電した光の剣で斬りつけていた。

 トーマスだけでなく、三人共に逃げるという選択肢はなかった……というよりも三人は全員、ここにいる誰かが逃げられなくなることを考えて熊を倒そうとしたのだ。

 普通に考えれば、異能力が使えるにしても戦闘訓練をろくに受けていない子供……いや大人であったとしても熊が相手では命を落とす危険が高い。

 そのことは三人、特にシーカーである両親から様々な危険な状況を子守唄代わりに聞いていたトーマスはよく知っている。しかしだからこそ、ウェンディとティムをおいて逃げるということができなかったのである。

「ちょっと大技狙う!二人はもう一匹を警戒してくれ!」

 トーマスが叫ぶと二人は振り向くことなく異能力の準備をする。

 普段口喧嘩ばかりのウェンディであってもこういう事態になったとき、言葉を交わさずに相手の意図を理解して行動できるほど、この三人はお互いを信頼していた。

「こっちがこう……こうで……これはこういう……」

 呪文のようにイメージの構築を口にしながらトーマスは思考を巡らせる。

 友人である二人は熊相手にやられたりしないのか、もし熊が他にいたりしないのか、などの雑念が入りそうなものではあるが、トーマスは両親からシーカーとして、緊急時における異能力の確実な構築と発動を叩き込まれている。

 それが例え自身の、もしくは自分の命よりも大切なものが危険に置かれていたとしても異能力を確実に発動させることこそが、最も事態を迅速に解決し、それらを守れるという両親の考えからであるが、今ここで実際に役に立っていることにトーマスは思考を阻害しない程度に両親に感謝した。そして。

旋風焔ハリケーンフレア!」

 トーマスが叫ぶと二匹の熊が炎の竜巻に包まれ、苦しむ咆哮がしばらく聞こえた後、熊は動かなくなった。

 動かなくなった熊の姿と、肉の焦げた匂いで三人は動けずにいた。

 トーマスに関しては規模が大きく、威力も高い異能力を使ったために体力を使い果たしただけではあるが、ウェンディとティムは今の状況……助かったと思うと共に目の前の熊の遺体を見て軽い放心状態になっているのである。

 半刻後、子供の姿が無くなったのと強大な異能力をウェル夫妻が感じたことで三人は発見されることとなったが、体力、精神両面で回復した後にこっぴどく叱られたのであった。

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