1310年 継承の儀

 この世界には異能力というものが存在する。

 人類が道具を用いて発展を続けて800年ほど経った頃、世界の中心地にある人類発祥の地とされる聖地の火山で大規模な噴火が発生し、その噴煙が世界を覆った後に人々の多くが特異な能力に目覚めたことからこれを異能力と定め、今代に至るまで生活と密接な関係にあった。

 例えば家事という物事を見るだけで、火を起こすにも異能力、食材を調理するのも異能力、食器を洗浄するにも異能力……そのレベルまで異能力が普及したのである。

 普及しても異能力という名称が変わらない理由は単純に変える必要性がなかったことと、他に良い呼称を為政者や学者が思いつかなかっただけである。

 そしてこの異能力の能力を増加させる装身具にブースターというものがある。

 このブースターは原理こそ未だ判明してはいないものの、現行人類の技術で複製、量産が可能なため、その生誕の地である西方大陸を含め北方大陸では一般的なものである。

 しかしこのブースターには特殊なものがある。

 ハイブースターと呼ばれるこの特殊なブースターは古代遺跡から発掘されたもののみで、現行人類には再現、複製することはできていない。

 現行人類、としているのはこのハイブースターは明確な人工物であり、古代人の住居とされている遺跡から発掘されていることから、太古の昔には今普及しているブースターでは無く、ハイブースターが普及していたものと学者の間での常識となっている。

 そしてそのハイブースターの1つが、ティルレイン公の家系に受け継がれ、その強力なハイブースターを扱い、ティルレイン領を統治する者であることを示す儀式が5歳となったスウォン10世も例に漏れることなく執り行われることとなった。


「これよりティルレイン公爵所蔵ハイブースター、ガイアスウォード継承の儀を始めます」

 黒衣をまとった初老の男性の言葉が響き、スウォン9世がガイアスウォードが横たわっている石棺とも言えるほど巨大な箱に近づいてガイアスウォードを持ち、目を瞑り意識を集中させると火や水、そしてそれらを取り巻く風が吹き、石畳となっている地面からは植物の芽らしきものが生えてきた。

 立ち会っている他の貴族からは感嘆の声が上がるが、これは複数の効果を同時発現させる異能力は珍しく、できる者でも制御が極めて難しいためだがティルレインの家に伝わるこのガイアスウォードはそれを可能にするだけの補助効果が強いのである。

 最もその強さ故に制御は難しく、何度か賊が盗み出そうとしたところガイアスウォードに異能力どころか命を食われたという逸話が存在しており、この継承の儀は力の弱い子供のうちに行うことで、異能力のバックファイアを避けつつ、ガイアスウォード自身に使用者を認識させるという意味が込められている。

「それではスウォン10世、前へ」

 初老の男性に促される形でスウォン10世が箱に近づくと、父に促される形でガイアスウォードを手に取り意識を集中させるものの、なにも起こらない。

(何をしている、もっと意識を集中させるのだ!)

 スウォン9世が耳打ちするように促すも、ガイアスウォードを握ったスウォン10世は異能力を発現させることができない。

 顔を青くしたスウォン9世はスウォン10世からガイアスウォードを奪うように取り上げると箱の中に戻し。

「なんてことだ!」

 と叫ぶようにしてガイアスウォードの間を出て行ってしまった。


 北方大陸において異能力は人間である証明である。

 西方大陸では多少問題はあるものの特に問題にされはせず、南方大陸では異能力自体の発動がなぜか阻害されるため一般的であるのだが、異能力が一般家庭にまで普及しているここ北方大陸では異能力を発動できない、つまり無能力であるということはそれだけで人権が無いも同じである。

 よりにもよって北方大陸の貴族連盟の盟主、その長男が無能力者であるということは父親であるスウォン9世にとっては許しがたいものであり、それはスウォン10世を産んだ母、自身の正妻であるルドベキアにも向けられた。

 この二人のやり取りは伝えられてはいないものの、凄絶な口論があったことは想像に固くない。

 この時よりスウォン10世はティルレイン領より出奔を申し渡されることとなり、一時的にリューメイア領に身を寄せることとなる。

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