第2話 君が見る街
おすすめの瞬間がある。
君にはいつか見せてあげたい。
市内電車が地御前(じごぜん)から阿品東に向かう瞬間だ。
電車はトンネルをくぐり、視界は真っ青に染まる。
夏の瀬戸内海は澄んだ青空の下、空よりももっと深い青で君を出迎えてくれる。
その向こうに見える島々と、牡蠣のいかだが瀬戸内海であることを教えてくれるだろう。
だけど君がその景色を見るのはもう少し先になりそうだ。
君はその駅のいくつか手前の駅「宮内」で降りることになる。
東京の人にとって市電の乗り方は少し癖があるようだ。最初にICカードをタッチして(もちろんICOCAやPASMOを用意しておく必要があるのだけれど、準備のいい君は広島駅ですでに購入済みのようだね)、降りるときは車掌や乗務員のいる場所から降りなくてはいけない。つまり好きなところから乗っていいわけでもないし、好きなところから降りることも出来ないのが少し厄介だ。
君は慎重に乗り方と降り方を車内の案内図を隅々まで読んでから、視線を左右に振り近いほうの降り口の近くで待つ。
やがて電車はスピードを落とし、「宮内」と車内アナウンスが流れる。
電車はさらにスピードを落としながらまるで辺境駅のような簡易的な(君にはそう見えたが、市内電車とはそういうものだ)駅へと止まる。
「ありがとうございます」
そう声をかけられ、頭を軽く下げながら君はICカードをタッチして電車から降り立つ。その時初めて自分が緊張していたことに気が付き、君は少し笑う。
慣れない乗り物に乗るのはいつだって緊張するものだ。僕だって、初めて地下鉄に乗ったときは訳の分からない不安に駆られたものだよ。
自販機が一つあるだけの駅を君はゆっくりと見渡しながら、スマホに視線を移す。
地図アプリは北の方へ行くようにと青い線で指示している。
君は方向を今一度スマホの向きを変えて確認した後、キャリーケースの持ち手をしっかりと持ち直し、歩み始めた。
君がこれからお世話になるおばあ様の家は、そこから歩いて5分程度のところにある廣田神社のすぐ傍だ。昔は年に一回正月休みに両親に連れてこられていたけど、ここ数年はいろいろと忙しくてなかなか来ることができなかったんだと君は後々僕に教えてくれた。
久しぶりにこの地を踏む君にはどんな景色に見えただろうか。
懐かしさはあっただろうか。それとも、遠く田舎に来てしまったとうんざりしてしまっただろうか。
いつか君が故郷と聞いて思い出すのがこの茹だる暑さと、高い空と、ほのかな潮の香りと、ゆったりとしたこの街並みならいいと思う。僕もきっと同じ景色を思い出すはずだから。
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