第21話 雪に椿
雪はまだ音もなく降り続いているものの、積もってはいない。庭の土は溶けた雪を吸い込んで重くなっている。孫一郎は本願寺に居た。卜半斎の部屋の前、広い縁側に一人座っていた。卜半斎に頼み事が一つあるのだ。しかし執務中ということもあり、後ほど出直すようにと海塚には言われたのだが、孫一郎は待つ事にした。他に仕事がある訳ではないし、何より鉛色の空を、雪降る空をここで見ていたかった。
雪降る空を見ていると、心まで冷たくなるとあの娘は言った。そうなのだろうか。そうかも知れない。自分はあのときより、随分と冷たくなったのではないか。だから忘れないと誓ったはずの事を、忘れそうになっているのではないか。そんな自分を責める言葉もまた、ただ逃げているだけにも思える。自分で自分を哀れんでいるのだ。情けない。まるで成長していない。いつまでもこんな事だから。
「ちょ、こら、押すなってば、もう」
孫一郎が声のした方をのぞき込むと、廊下の端から姿を見せたのはナギサ。その尻を後ろから押しているのは、あの口の利けない少女であった。
「法師殿。いかがされたのです」
「いや、この子がさ、孫一郎の事が心配みたいだったから」
少女はドンとひとつ、ナギサの尻を押す。
「まあ、その、海塚さん
「それがしは何も申しておりませんが」
孫一郎が思わず突っ込んだとき、部屋の障子戸が勢いよく開いた。立っていた海塚がジロリとにらむ。
「うるさいですよ」
そしてピシャリと障子戸は閉じてしまった。ナギサと少女は声を出さずに舌を出している。
「その様子だと、まだお願い事は聞いてもらってないのか」
隣に座った小声のナギサに、孫一郎も小声で返した。
「まあ、急ぐ用ではありませんし、気長に待ちます」
「ずっとここで座ってたんだ。寒いのに」
「雪が降るのを見ていました」
「もしかして、雪姫さまの事でも思い出してたとか?」
ナギサがいたずらっぽい顔で孫一郎をのぞき込む。孫一郎は一瞬
「……妹の事を思い出していました」
「へえ、妹さんがいるんだ。名前は?」
「
「椿ちゃんか。可愛い?」
「可愛い……のでしょうか。でしょうね、多分。生きていれば」
顔いっぱいに『やっちまった感』が溢れるナギサに微妙な笑顔を返すと、孫一郎はうつむいた。
「元々身体が弱かったのですが、二年前に病で。妹が亡くなったとき、庭のツバキの花に雪が積もっていたのです。それ以来、雪が降るのを見ると、あのときの椿を思い出します」
思い出す、そう言った。だが自分は本当に思い出せているのだろうか。そんな思いが孫一郎の心をよぎった。すると。
「そうやって、思い出すものなの」
不意にナギサがたずねた。
「は?」
顔を上げた孫一郎に、ナギサは横顔を見せている。
「私はね、十歳のときに両親が死んだんだ。だけど、思い出す事は滅多にない。たまに夢で見るくらいかな。何でだろうね。自分でも不思議に思ってた」
ナギサは雪降る空を見上げている。吐く息が白い。
「私は冷たい人間なのかなあ」
孫一郎は思わず立ち上がった。
「そっ、そんな事はありません! 法師殿が冷たい人間であるなど、そんな事はあり得ません! そのくらい、それがしにもわかります!」
障子戸がまた、勢いよく開いた。
「うるさいんですよ」
海塚はジロリとにらむと、再び障子戸をピシャリと閉めた。今度は孫一郎が舌を出している。
その様子を、少し離れた所から、口の利けぬ少女が見つめていた。果たして、何を思っていたのだろう。
結局、卜半斎の執務が終わったのは夕方近くになった頃。ようやく目通りのかなった孫一郎は、願いを単刀直入に卜半斎に伝えた。
「刀鍛冶ですと?」
卜半斎は何とも言えぬ顔をした。それはまるで珍妙な動物でも見るかのような。
「はい、和泉国には和泉打ちの刀鍛冶がおられると聞き及んでおります。もし可能であれば、鍛冶場を見せて頂けないものかと」
卜半斎は顎をなでる。
「ふうむ、熱心な事ですな。とは言え、寺内町の中には刀鍛冶はござらんのです」
「では近隣に、卜半斎さまがご存知の刀鍛冶の方はおられませんか」
孫一郎の熱のこもった様子を見て、卜半斎はちょっと面白そうな顔をした。
「左様ですな。刀鍛冶はなかなか鍛冶場を見せてはくれぬでしょうが……良いでしょう、一筆書いてしんぜましょう」
「あ、ありがとうございます!」
頭を下げる孫一郎を横目に、卜半斎は巻紙にサラサラと文字をしたためると、端を小刀で切った。
「海塚殿、明日にでも古川殿を津田の鍛冶屋に案内していただけますかな」
そして書状を紙に包み、海塚に渡した。
「心得ました」
うやうやしく手紙を受け取ると、海塚はそれを懐に収めた。すべては明日である。
日も沈みかけた夕暮れ時、寺内町の通りのあちこちに灯がともり始めた頃、孫一郎たちは本願寺を出た。
「なーむあーみだーぶ、なーむあーみだーぶ、なーむあーみだーぶ……」
街角では全身白装束の
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