第6話 空飛ぶ会議室

 地球防衛戦線宇宙人対策委員会ちきゅうぼうえいせんせんうちゅうじんたいさくいいんかいの宇宙船はメンテナンスの為、地上にいた。

 彦島ひこしまは外から巨大な宇宙船を見上げていたが、ふと視線を感じてそちらに目をやる。そこには戦隊の新人の高校生がじーっと目を合わせたまま突っ立っていた。

「何か用かね、健斗けんと

 彦島の呼びかけに、健斗はハッと我に返って頭をかいた。

「すみません、彦島さんっていくつかな、と思って見てました」

「ほう。君はいくつになった?」

 彦島は品の良い笑みを浮かべながら健斗の側に歩いてきた。健斗が見ても高そうなスーツはシワ一つなく、彦島の育ちが良さそうな雰囲気によく似合う。

「俺は十七歳ですけど」

「夢見るお年頃だな」

 優しい目で彦島が言うので、健斗は同じ年くらいの見た目の彼に違和感いわかんを覚えながらも彦島から目を離さない。

「私は今年で九十三歳だ。思えば激動の時代を生きてきた」

 彦島は悪戯いたずらっぽく健斗を見ている。しかし、そこには真実が持つ清廉せいれんさがあって、健斗は冗談だと笑えなくなっている。真っ直ぐな彼の生き様がいつもそこここに表れているのを肌で感じているせいもある。

 結局彦島がいくつなのかわからない。

「俺は夢は見ないです。いや、希望はあるんですけど、現実は厳しいから、うっかりしていると落とし穴に引っかかるっていうか」

 健斗は普段友達にも本心を言わない質だが、彦島相手にはポロリと何でも話してしまう。それが彦島の持つ穏やかさのせいなのか、それとも穏やかな見た目の割に意地悪な性格のせいなのかはわからないが、健斗にとって、彦島と言う存在が特別な位置にあるということに彼自身は気が付いていない。

「夢と希望は確かに違う種類のものだな。でも、君くらいの年頃なら、夢を見るのも悪くないと思うぞ。大人になってから夢を見るのではもう遅いのだ」

 淡々とした口調で彦島が言った。それが切なく聞こえたのは健斗の気のせいか。

「彦島さんは夢を見ましたか」

「ああ、そうだな。大人になってしいまったくせに手に入らぬものを、今でも夢見る。後悔という名の夢、だな」

 遠くを見る目つきで彼が言うので、健斗は聞いてはいけないことを聞いてしまったかと心配した。しかし、彦島はにっこり笑って健斗の肩を叩いた。

「柄にもないことを言ってしまった。忘れてくれ。さあ、もうすぐ作業が終わる。船に乗り込め。初期化されたデータを更新しに宇宙に出る。運が良ければ宇宙圏うちゅうけん地球防衛戦線ちきゅうぼうえいせんせんの仲間に会えるかもしれない」

 そう言って、彼は整備班せいびはんの報告を聞きに船内へ戻って行った。

 健斗はその背中を見送って、船に乗るか乗るまいか考えた。

 今日は時給が出てはいるが、メンテナンス作業時に不具合が出た時用に待機しているだけで、働いているという感じがしない。このままいてもいいのか気になるところだ。給料泥棒きゅうりょうどろぼうのようで居心地いごこちが悪い。

「健斗」

 遠くから彦島が呼んだ。

「はい」

「気にせず乗りなさい」

 健斗の不安を知っていたかのように彼は言って、奥へ行ってしまった。彼の言葉にホッとしながら、健斗は船に乗り込んだ。その瞬間、いつもの会議室にんだ。

「どうなってんだ?」

 毎度の瞬間移動しゅんかんいどうだが、こんな高度な技術があるのなら、宇宙人と戦わなくても楽々勝利しそうな気がする。

 健斗がふらふら歩いていると、おタケさんに呼び止められた。

「ここ、座って」

 おタケさんは巨大スクリーンの見える席に健斗を座らせてシートベルトを締める。

「大気圏出る時は揺れるからねえ」

 そう言って隣の席に座って、自分もシートベルトを締める。

「今日は桃色も黄色もいないんですか」

「ああ。有休だってさ」

「へえ。有休あるんですねえ」

 なんかいい響きだ、と健斗は頭の中で有給、と繰り返す。

「あ、そうだ。お前、今度必殺技考えとけよ。ヒーローっつったら、必殺技があるだろ」

「あ、そういや、そうですよね。必殺技かあ」

 健斗はうなりながら頭に太極拳たいきょくけんを思い浮かべる。

 これは違うな。

 次は空手からて。しかし、空手はやったことがないから、映画で見たカンフーになってしまう。

 これも却下きゃっか

 そして何故なぜか新体操。これは、ない。

 むむむ。

 健斗の様子を見ていたおタケさんが笑って右手で拳銃けんじゅうを作って健斗を撃つ。

「武器があるだろうが」

「飛び道具に頼るのはなあ」

「何だよ、俺の作った武器に文句つける気か」

 おタケさんがいきり立つ。

「いやいや、違うんですって」

 健斗が言い訳しようと口を開きかけると、物凄い加速が感じられて、体が椅子いすにへばりついているような感覚におちいった。歯を食いしばって、健斗は加速に耐える。

「お、始まった。空飛ぶ会議室だ」

 おタケさんがわくわくして言った。

 スクリーンを見ると、空の向こう側へどんどん進んで行く映像が映し出されている。

「これは瞬間移動しないんですね」

 加速が落ち着いてから健斗が冷や汗をかきながら口を開く。

「うん?まあ、色々あるんだわ」

 おタケさんはシートベルトを外して席を立ち、そう言った。スクリーンを見ると、そこには青い星が見えている。

「マジか」

 美しいなんてものじゃない。夢じゃないだろうか。

 そうか、夢かもしれない。

 健斗はぼんやりスクリーン越しの地球を見た。窓から見ているわけではないから、単に映像だけかもしれない。また彦島の悪ふざけ、ということも十分あり得る。

「残念ながら、悪戯いたずらじゃないぞ」

 頭の上から石黒に声をかけられた。

「あの、俺って、そんなに考えている事顔に出ます?」

 健斗はシートベルトを外して、頭上の石黒に問いかける。すると彼は黒縁メガネの奥の優しい瞳で微笑みかけてきた。

「君の考えていることは、だいたいわかる」

 それだけ言って、彼はコンピューターにかじりついている他の部署の人間に話しかけて書類チャックを始めた。

「わかるのか」

 健斗は立ち上がって、辺りを見回した。みんな忙しそうだ。

 彦島も管理部門の人達に囲まれて会議をしている。居場所がないのは健斗だけだ。

 健斗は窓から直接地球が見たくて、辺りをウロウロしてみる。できれば生で見たい。そう言えば、ユニフォームは宇宙空間でもしばらく大丈夫だとおタケさんが言っていたと記憶している。

 ある考えを実行に移したくてうずうずしていると、急に首根っこを捕まえられた。

「危険な考えは止めなさい」

 振り返ると石黒だった。

「分かりました?」

「分かります。君は変に度胸があるから困る」

 あの人に似て。

 石黒の小声の響きに、健斗が彼の視線の先を追うと彦島がいて、視線を返すように彦島が二人を見た。

「あ、石黒さん。俺の必殺技って何がいいと思います?」

 首を持たれたまま、健斗が上目遣いに石黒に聞くと、彼はそうだなあ、と言いながら考え込む。

「紅いヒーローはりでは?」

 渋い発想だ。

 健斗は唸って考える。

「他の戦隊員は必殺技があるんですか?」

「あると言えばある。ないと言えばない。肝心かんじんなのは勝利する事だからね」

 最もな答えに、健斗はなるほど、と頷いた。

「楽しみを見つけて働くことは良い事だと思うよ。でも、既存きぞんの考えに縛られるのは良くないね」

 石黒は言いながら、健斗を左腕一本でぶら下げたまま移動を開始する。

 廊下を出て、小さな部屋に入った。本棚とデスクと簡易のベッド。それだけの部屋だ。

「あ」

 健斗は感嘆かんたんつぶやきをらして窓に張り付く。

 横長の窓からは地球があふれんばかりに顔をのぞかしている。

「私の部屋だ。自由に使うと良いよ」

「え、ありがとうございます」

 石黒は頷いて出て行った。

 健斗は子供の様に目を輝かせて窓の外の景色に心を奪われている。

「外に出て初めて生まれた土地の事を知ることができる。そうじゃないか?」

 耳元で彦島の声がして、思わず自分がヘルメットをかぶっているのかと思って顔に手を当てる健斗に、彼が笑った気配がした。部屋を見回しても誰もいない。

 気のせい?

「いいや」

 今度はちゃんと彦島の声が空気の振動を伝わって健斗の鼓膜こまくに届いた。

 見ると、彦島が部屋に入ってきたところだった。

「え?今の手品ですか」

 健斗の問いに彦島は笑っただけだ。それから石黒のベッドに横になる。

「少し休憩させてくれ。私の部屋には監視が来るからな、気が休まらん。だから、いつもここに隠れるのだ。悪いが、寝すぎたら起こしてくれ」

 彦島はすぐに寝息を立てて眠りに入った。よくよく見れば顔色が悪い。疲労のせいだろうか。

 健斗は彦島の横たわっている足元に座って、きちんと畳んであったブランケットを広げて彼にかけてやる。

 ふと彼の寝顔をまじまじと見て、健斗は微笑んだ。

 彦島さん、男のくせにまつ毛めっちゃ長いし。

 声に出さずに言ったつもりだが、彦島の顔が一瞬歪んだ。

 え?

 健斗は慌てて彦島から離れて、また窓から地球を見た。

「綺麗な物にはとげがある」

 地球の事ではなくて、彦島のことを言った。口に出してみると、なんだか可笑しくて、健斗は彦島の寝顔をもう一度盗み見た。途端に彼は健斗に背を向けた。

 考えている事がバレバレなのかもしれない。

 健斗はまた地球に目を戻す。

 地球の事も、あなたの事も、守りますよ。

 それは願いだ。

 誰も誰からも傷つけられないように、守りたい。

 健斗は戦隊員になって初めて、自分なりのその目的を認識した。



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