第4話 屈辱の初勝利

 盛大な溜息をついて、健斗は布団の中からスマホに手を伸ばした。

 ワンコールで応答をスワイプすると、寝たままの姿で会議室へ移送された。

 ここは地球防衛戦線宇宙人対策委員会ちきゅうぼうえいせんせんうちゅうじんたいさくいいんかいの持ち物、たぶん宇宙船の中の一室だ。

「ご苦労」

 ねぎらう声はこの委員会の会長彦島だ。見た目は健斗と同じ歳なのに、随分偉そうにしている人物だ。固いしゃべり方のせいかもしれなかったが、肩書かたがきも実際おえらいさんなので、上司にさからってはいけないと、健斗も気を使うところだ。

「なんだ、寝間着ねまきのままじゃないか」

 水色のパジャマは母親のお仕着しきせだが、他人に言われるとなんだかこっ恥ずかしい。

「あの、他のみんなは?」

 健斗は自分一人会議室に呼ばれたことを知って不安げに尋ねる。

「ああ、もう現場だ」

 彦島はにべもなく答えて、椅子を回して後ろを向いた。

「君は新人だから、いちいちここへ呼んでいるのだ」

「はあ、すみません」

 手間をかけているのなら謝らねば、と思ったが、何か釈然しゃくぜんとしない思いで健斗は彦島の背中を見上げる。

「ユニフォームの装着装置はうまく起動できるか」

 背中を向けたまま彦島が尋ねる。

「はい。研修中に覚えました」

 ボタン押すだけだし、と健斗が小声で言う。彦島に聞こえたようで、小さく笑う気配がした。

「ヘルメットの調整は自分でできるようになったか」

 相変わらず彼の背中が問う。

「はい、問題ありません」

「それでは、宇宙人の分類に関してはどうだ?水系、電気系、色々いるが、宇宙人の種類によって戦い方も違ってくる」

「はい、おタケさんから講習を受けました。ばっちり頭に入っています。武器の使用も許可されましたし、黄色からも呑み込みが早いと褒められました」

 決して天狗になっているわけではなく、健斗は事実をありのままに言った。天狗になっていいことはない。仕事を覚えたての頃は特にそうだ。あれこれバイトをしてきて、そう思う。

「うむ、報告は聞いている。それでは、行ってくると良い。命に危険が及ぶ前にここへ戻る事。健闘を祈る」

 彦島が言うと、瞬時にカプセルに移され、落下が始まる。

 毎回唐突な急降下だが、実際に戦う場面に遭遇そうぐうしたことはまだない。

 健斗は山間部に落とされ、鬱蒼うっそうとした木々をすり抜けて時々細い枝に引っかかりながら着地した。

紅色あかいろ、未成年なのに働いていいの?」

 桃色が先に健斗を見つけて声をかけてきたが、姿が見えない。本当なら深夜で視界は真っ暗なはずだが、ヘルメット内蔵のスコープが働いていて、昼間のように見える。

特例措置とくべつそちです」

 特例措置がどう取られているのかわかっていないが、桃色の姿を探しながら答える。

 ヘルメットの機能を使って位置を探ると、彼女は木の上にいた。大きな木の枝に腰掛け、子供の様に足をブラブラさせている。

「あの、敵はどこなんですか」

 健斗の質問に桃色は可愛らしく小首をかしげる。

「わからないの。見失っちゃった」

「センサーにも反応しないんですか」

「そうなの。さっきまで黄色が追いかけていたんだけど、黄色まで消えちゃって」

 桃色は枝から飛び降りて健斗の隣に立った。

「どうしようか」

 鬱蒼とした木々の中をむやみに歩き回っても仕方ない。

「黄色が戻って来るまで待ちますか。敵は単体なんですよね」

 健斗は周囲を警戒しながら問い、反応がないことを疑問に思って桃色を振り返ると、彼女は消えていた。

「桃色?」

 センサーにも引っかからない。存在そのものがこの場所から消えているのだ。

「本部、応答願います」

 会議室からこちらの様子は全てモニターしているはずだから、呼びかけなくても状況は把握はあくしているはずだが、不安を隠せないでいる健斗は自分に絶対の自信を持っているであろう彦島の声が聞きたくなって呼びかけたのだ。

「健斗、そこを動くな」

 彦島ではなく、おタケさんの声が応えた。多少うろたえている。

「何が起こっているんですか」

「わからん。生体反応が見当たらん。もっと精度の良いセンサーを今作っているところだ。ちょっと待っててくれ」

 おタケさんとの通信はそこで途絶える。

 何かが近づいてくる気配がして、健斗は体中に緊張をみなぎらせながら、意識を研ぎ澄ます。

 自分の呼吸音がやけに大きく感じる。

「健斗、落ち着け」

 彦島の声が耳元で聞こえた。無線よりも生々しく聞こえたことに健斗は気が付いていない。

 彼の声が聞こえた途端、健斗の世界から音が消えた。

 敵が迫っているのが手に取るようにわかる。

「そこか」

 健斗が右腰に差した銃を手に取り、早撃ちよろしく攻撃を加える。

 ギャッと悲鳴が聞こえて、気配が消えた。

「逃した!」

 もう気配を追うことができない。

「健斗、落ち着けと言ったろう」

 彦島の声がまた耳元で聞こえて、肩に手を触れる者がいる。

「え?」

 見ると、彦島本人がそこにいる。

「何やってんですか」

 驚いて健斗がポカンと口を開けているのをヘルメット越しでもわかったらしく、彦島がふふ、と笑った。

「サプライズ」

「は?」

 健斗の前を横切って、彦島は地面にひざを着いた。そして、そこに残されたモノをつまで掲げた。

「触手」

 健斗に緑色のつたを見せて、彦島はそれをポケットに入れた。

「それで、他の者は?」

 健斗は黄色や桃色の場所を聞かれて、慌てて辺りをうかがう。

「それが消えてしまって」

「ふむ」

 健斗の肩をもう一度軽く叩いて、彦島は身軽に木々の幹を乗り越えて進んで行く。

「どこ、行くんですか」

 思ったよりも素早く行動する彦島の後を慌てて追って、健斗は彦島が楽しそうに指さす方向を見た。

「げ」

 それはまゆと表現されるべきものだった。

 緑色の蔦にくるまれて、大木から二つの繭が吊るされている。

「桃色と黄色、だな」

 手を組んで鑑賞するように彦島はそれらを見上げている。

「どうやったら助けられるんですか」

 焦って健斗が銃で蔦の吊るされた部分を撃とうとするのを彦島が手で制した。

「あの蔦から栄養が流れ込んでいるようだ。もし撃てば彼らの命に影響が出る」

 静かな声で彼は言った。

 彼の繭を見上げる瞳も穏やかで、健斗は途方にくれてしまう。

「俺はどうしたら…」

「焦るな。お前はヒーローの紅色あかいろだろう?何とかできる」

 彦島は子供をさとすように言った。

「ほら、本体のお出迎えだ」

 彦島が言うと、地面が波打つように揺れ始める。

「可愛い子がいるねえ」

 身の毛もよだつような声が健斗の耳に届く。

 見れば人間と同じ形をしたモノが目の前にいた。それは全ての色彩が緑色で、幼児が塗り絵で緑のクレヨンで塗ったくったような違和感のある体をしていた。せっかく綺麗な顔をしていても、これでは素直に綺麗とは言えないものである。おまけに男だ。健斗の恋愛範囲外だから、さっさとご退場願いたい。

「私の好みだ」

 緑の人は健斗に近寄ろうとするが、眉を潜めて彼を見た。

「この匂い、お前は誰?」

 警戒するように緑の人が健斗の回りをぐるぐる回る。

 健斗は、と言えば、敵をどう倒すか見極めかねている。宇宙人は水系、火系、電気系、ガス系に分類される。水系は数が少なく希少生物らしいので、絶対殺すなと言われている。この前のクラゲも回収して培養するとか何とか聞いた。火系は扱いが難しく、カプセルに閉じ込めるのが妥当らしい。電気系は電力系統に乱れを起こすので、早めに捕まえなければならないが、電気には電気を、と電気銃の使用が推奨されている。ガス系は凍らせるのが一番手っ取り早いので、専用の装置が開発されている。

 こいつは何系なんだ、と健斗は注意深く観察するが、人間の姿をしている者は初めて遭遇そうぐうしたのでわからない。

 悠長に観察している場合ではなかった。敵が蔦で攻撃してきた。

 鋭い蔦は彦島が触手と呼んだもので、動きが絶妙に素早く、意志を持っているからどんな動きもする。

 健斗は両足を蔦に取られて地面に引きずられる。ユニフォームのお陰で痛みはないが、いい様にされていると思うと怒りが湧いてきた。

 無意識に蔦に手を伸ばして引きちぎる。

「なんと」

 敵が驚きの声をあげるが、すぐに新しい触手を無数に伸ばして、蔦で健斗の体を木に縛り付ける。

「良い眺めだねえ」

 そう言って近づいてきた敵は、あろうことか健斗の股間に手を伸ばしてくる。

「冗談じゃないし!」

 健斗は全力で蔦を引きちぎり、緑の人に頭突きを食らわせる。

「ちょこざいな」

 緑の人はうめきながらも、また蔦で健斗を捕らえようとする。

 あまりの数に、健斗の動きが抑制よくせいされる。

「健斗、触らせてやれ」

 彦島の声が今度は無線で届く。

「はあ!?何言ってんですか」

 命の危機よりも貞操ていそうの危機が迫っている。

「敵を近寄らせて心臓を射抜け」

 彦島の命令は簡潔だ。

 背中に仕込まれている特製のナイフで心臓を一突きしろ、と言われているのだ。

 従いたくない思いと、仕留めなければならない使命感と、せめぎ合う思考に健斗が悶々と蔦から逃げ惑う。

「よく跳ねる小鹿だねえ。大人しく言うことをお聞き。そうすれば仲間は解放してやってもいい」

 敵の言葉に、健斗の背筋に悪寒が走る。

「どうしたらいいんだあ」

 健斗は敵に突進しながらタックルをかますと、あっさりと敵が押し倒される。

「やる気満々じゃないか」

 色気のある声で言われて、健斗は「違う!」と叫んでみるが、敵から伸びた蔦が彼のヘルメットを真っ二つに引き裂いた。

「可愛いねえ」

「あり得ねえ」

 男が相手など、しかも初めてのキスが男などと、断固として許せるわけがない。だが、しかし、他に方法を知らない。

 健斗はギュッと目を閉じて、唇を敵に押し付ける。

 お返しに満足げな吐息が健斗の唇を押し開けて入ってくるのを堪えきれんとばかりに、彼はナイフを敵の胸に突き刺した。

 一瞬のことだった。

 緑の疾風が吹き荒れ、瞬時に世界は元通りになっていた。

 ヘルメットがないせいで視界が暗闇しか捕えないが、桃色と黄色が側に倒れているのがわかった。

「初勝利おめでとう」

 今度は生の彦島の声が聞こえた。

 健斗のすぐ目の前で、質の良いスーツのえりを正しながら微笑んでいる。

「色仕掛けは攻撃の基本だよ、健斗」

 彼はそう言い残して消えた。先に会議室に転送されたのだ。

 見ると桃色と黄色も消えている。

 健斗もすぐに会議室に戻された。

「おめでとう初勝利」

 どこにいたのか、石黒が彦島のいつもの席の側から祝福の言葉をかけてくれる。

「おめでとう、初チュウ」

 彦島が小声で笑いながら言った。

 こんな屈辱、給料アップでしか晴れないぞ!

 健斗はプルプル震えながら、うつむいている。

「ヘルメットを真っ二つにするなんざ、恐ろしい宇宙人だったなあ」

 おタケさんだけがなぐさめるように健斗の頭を撫でてくれる。

「あー、新人君。助けてくれてありがとうね。どうなることかと思ったわ」

 桃色がユニフォームを脱いでお礼を言った。

「私もお礼を言わなくては。ありがとう、健斗君。さすが、紅色のヒーローだ」

 黄色のみっちゃんにも礼を言われて、幾分か健斗の気持ちも上向きになる。

「ユニフォーム破損代は勝利報酬で賄えるかな?」

 彦島が水を差すように石黒に聞いている。対する石黒はにっこり笑って頷いた。

「回収したヘルメットは使い物になりませんので、新規に作らねばなりません。ざっと五百万ほどですが、勝利報酬の方が上回りますので大丈夫です」

「良かったな、健斗」

 彦島がニヤニヤと笑って言った。

「もしかして、物を壊したら実費ですか?」

 恐ろしい話を聞いた、と健斗は眉間にシワを寄せている。

「ぷっ」

 おタケさんがたまらず大笑いし始める。

「え?」

「実費で支払えるわけなかろう。ここは最新の機器を取り扱っている機関だぞ。お前の給料ごときで支払えるようなものは使っておらん」

 彦島が真面目に告げる。

「えー?」

 からかわれているとわかっても、実情がよくわからない健斗だった。



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