第2話 弟を家に連れてきた
なんといえばいいのか、当時ガキだった俺の頭にはこいつを言い表す言葉が思い浮かばなかった。ランドセルは色あせて、もうすぐ冬休みなのに半そで短パン。そのとき俺はこう思った。「変な奴」と。
それでもせっかく俺の弟になってくれる奴が見つかったんだ。多少のことは気にしないことにした。
「いいよ、今日からお前は俺の弟な!」
「おとうと……? うん、よろしくおねがいします」
微妙にキョトンとした後、ぺこってお辞儀してきた。何だこいつ、カッコつけてるのかな? 弟なんだからそんなことしなくていいんだぞって言うとさらにキョトンとしてた。
「そうだ、お前、名前は?」
「……あきら」
「そうか。いい名前だな!」
「うん、ありがと」
「あきらは何年生? え? ひとつ下なんだ。じゃあ弟にはちょうどいいな!」
「う、うん。お兄ちゃん」
兄と呼ばれて俺は有頂天になっていた。ちょいと服とか格好がボロボロだけど、そんなことはどうでもいいって思えるくらいには浮かれていた。
この時はそれがいい方向に転がったんだから人生何に左右されるのかわからないものだ。チャイムの音が鳴り、俺は慌てて教室へと向かおうとする。そこでふと可愛い弟の事を思い出して、昼休みは中庭のベンチで待ち合わせをすることにした。
あきらはにっこりと笑って、「うん!」って答えてくれた。かわいいやつだ。
「なんでお兄ちゃんがほしかったんだ?」
「わた……ぼくひとりっ子だから」
「そっか、俺と一緒だな! ってもうお互い一人じゃないぞ? お前は俺の弟だし、おれはあきらの兄ちゃんだからな!」
「うん、うれしい!」
今から考えたら兄弟ごっこで、ままごとみたいなものだ。俺からしても年下の友達ができたのとあまり変わらない。それでもこの「あきら」にとって、この日は運命が変わった日だったらしい、と後日言われた。
こんな俺だけど、あきらの兄になって守ってやるんだって思ってた。何の理由も損得勘定もなしで、ただ「兄」だからって理由だ。ほんとガキだよな。
放課後、校門のところであきらと待ち合わせした。ボロボロのランドセルを担いであきらはやってきた。よく見ると外履きもボロボロで、つま先のところに穴が開いている。靴下もはいてないみたいだった。
「なあ、お前寒くないの?」
「え? ……うん、ちょっと」
後で理解したけども、あきらが自分の感情とかを外に出すのって結構珍しいことだったらしい。あんまり表情も変わらないし、そもそも自己主張をどうしていいかわからなかったって言ってたな。
だから、普段はこういうことを聞いても、「別に」って答えてた。
「じゃあ、家に来いよ。ゲームやろうぜ!」
「いいの?」
「いいに決まってるだろ! ほら!」
手を差し出すとすごく困った表情をしていた。だからあきらの手を取って家に向かって歩き出した。
いつだったか見ていた、弟と手を繋いで登校している兄弟の姿を思い出した。あきらが迷子にならないように手を繋ぐんだとただそんなことを考えていた気がする。
小さくて柔らかい手だなと思った。あきらの手はかじかんで、少し冷たかった。
「ここだよ。俺のうち。行こうぜ!」
あきらの手を取ったまま鍵を開けてドアを開く。靴箱を見るとお母さんは家にいるみたいだった。
「ただいまー!」
「おかえりなさい。その子はお友達?」
「うん、あきらっていうんだ。弟になった!」
弟って言葉に一瞬怪訝な表情を浮かべるけど、お母さんはにこにこしていた。今から考えたら兄弟ごっこに付き合ってくれる友達ができたって考えたんだろう。
お母さんはあきらの格好を見て少し眉をひそめた。なんだろう、また俺やらかした? と少しびくついているとお母さんはしゃがんで、あきらと目線を合わせて話しだした。
「あきら君でいいのかな? うちの子と仲良くしてくれてありがとうね」
「いえ、そんな……」
すこしおどおどしているけども、嫌がってはいないみたいだ。
「寒かったでしょう? そうだ、お風呂入りましょうか!」
唐突にそんなことを言いだした。確かにあったまるけどさ。ああ、そうか。お母さんもあきらを俺の弟だってわかってくれたんだなと能天気なことを考えていた。
ひとまず俺の部屋に行くとなぜかあきらは隅っこで体育座りをしている。それをまた手を引っ張ってテーブルのところに座らせた。お母さんがいれてくれたココアを飲むと、最初はあちってなってたけど、ふうふうと冷ましてから飲んでた。
「おいしい!」
あまり表情が動かないやつだけど、この時の笑顔に俺は少しドキッとした。そのドキドキが何なのかを知るまで数年かかるんだがね。まあ、その時はこの弟とどうやって遊ぶかとかしか頭になかったんだな。
しばらくして、お母さんがあきらだけをお風呂に連れて行った。
俺も行きたいと言うと、
「なに? お母さんと一緒にお風呂入りたいの?」
とからかわれあえなく撃沈した。
あきらはすごくさっぱりとした表情で俺の部屋に戻ってきた。少し前まで俺が着ていた服を着ていたけど、弟にお下がりとかよくやるよねって納得していた。
俺とあきらはリビングのソファーに座って、並んでテレビを見ていた。お母さんはどこかに電話しているみたいだ。
お気に入りのヒーローが敵をぶっ飛ばすシーンに俺は歓声を上げ、そんな俺を見てあきらはにこにこと笑みを浮かべていた。
「あきらくん? 良かったら今日は泊っていきなさい」
「えっ? えと……ごめいわくじゃありませんか?」
「子供がそんなこと気にしちゃだめよ。よかったらでいいんだけど。今日はハンバーグね」
俺は二重の意味で「やったー!」と歓声を上げる。あきらは戸惑い気味だったけど俺が喜んでいるのを見て何となく空気を読んだのか、消え入りそうな声で「おねがいします」と言っていた。
本当は家に連れてきたからと言っても、あきらが弟になるわけじゃない。そんなことはさすがに理解していた。けれど、この物静かな「弟」を俺は今日の一日だけでも気に入ってしまっていた。
だから、本当の事情を知ったとき俺は悔しくて、悲しくて、子供であることを呪った。自分の無力さを思い知ったからだ。
そう、事件はこの日から大体1か月ほど後、クリスマスの日だった。
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