弟を募集していたら妹ができました

響恭也

第1話 弟を募集してみよう

 あの頃の俺はガキだった。人のことなど考えもせず、ただただ自分の欲求を通すために泣きわめいていた。まあ、ね。子供なんてのは大体なんてみんなそんなもんだろう。そんな中で、いろんなことを学び大人になっていく。


 あの時の俺がやらかしたことは今じゃ笑い話だ。人によっては黒歴史っていうかもしれない。それこそ思い出したら顔から火が出そうになる。


 けれど、もし同じような状況になったら俺は同じことをするんだろうなって思いは確かに今もあるんだ。




「ねえ、お母さん。おれ、弟がほしい!」


 おねだりするときは満面の笑みで。これが小学生の俺が学んでいた、ある種の処世術だった。そうすればうちの両親は可能な限り叶えてくれる。


 友達が弟と楽しそうにキャッチボールをしていた。動機なんかそんなもんだ。そうして頼んでおけばお母さんは弟を生んでくれて、俺はお兄ちゃんになるんだ! 


 子供の思考回路なんて単純なもんだ。と今になっては思えるけどね。




「ごめんね。それはできないの」


 だから母の悲しげな、それでいて無理に笑う顔に、俺は子供ながら言ってはいけないことを言ってしまったと悟った。その理由はわからなかったけど、子供なりに母親が大好きだったからな。だからこれは二度と言ってはいけないことだって直感的に理解した。してしまった。




 そうするとどうしたらいいのか。ぴこーんと俺の頭上に電球が灯った。


「弟を連れてきたらいいんだ!」


 その時の俺は母を傷つけてしまったことでやはり動揺していたんだろう。今の俺ならそれは無い! と一刀両断するようなアホ極まりない考えだった。




 翌日から、俺は自作の看板を持って学校の門の前にいた。そこにはこう書いてあった。


「おとうとぼしゅう中! 


 おやつあげます! 


 べんきょうもおしえます! 


 いっしょにあそびましょう」


 上級生がくすくす笑いながら通っていった。うるせえ、お前らなんか年上だから関係ないんだよ! って思いながら、通っていく下級生に声をかけた。


「ねえ、弟になってくれないかな?」


「えー、やだ」


 にべもない。普通はこんなもんだよな。


「弟にならない? 今ならおやつもあげっ!?」


 いきなりゲンコツを食らった。小学生で二年上だと結構体格にも差がある。上級生がいて、俺が声をかけた子を後ろにかばっていた。


「うちの弟に変なことするな!」


「……ごめんなさい」




 しばらくして担任の先生が来て看板は取り上げられ、俺はお説教を受けた。その日、うちの親にも連絡が行ったみたいで、家庭訪問と相成った。


 先生が来ると、俺はふだん取り上げられているゲーム機を開放され、ちょっと浮かれた。けれどお父さんから自分の部屋から出るなって言われた。お父さんの笑ってない顔は初めて見た気がする。


 俺を怒るときでも、言葉は厳しいけど目は優しかった。またやらかしてしまったと気づいた。俺の考えなしの行動は大好きな両親を悲しませたのかと落ち込んでしまって、ベッドにもぐりこんで泣いてしまった。




 ふと目が覚めるとなんか暖かい。なんか柔らかいものがあって、ふと目を開くとお母さんがいた。慌てて寝がえりをうとうとすると、後ろにはお父さんがいた。子供用の小さいベッドに大の大人がそろって潜り込み、俺の両側からくっついて寝ていたのだ。


 ああ、お父さんもお母さんも俺の事を大好きでいてくれる。そう安心して眠りに落ちてしまった。実に単純なもんだけど、この両親がいてくれるならそれでいいやって思ってしまったのだ。


 次に目が覚めたとき、ベッドには俺一人だった。とりあえず着替えて部屋から出ると、お母さんはいつもの笑顔で朝ご飯を作っていたし、新聞片手にコーヒーを飲んでるお父さんもニコニコしていた。




「行ってきます!」


 だから俺も笑う。おねだりするときのような作り笑いじゃなくて、嬉しくて、幸せで、楽しくて、そんな気持ちから出てくる自然な笑み。


 今だからこんなふうに分析してるけども、当時は俺も親もいろいろと修羅場だったんだろうなと今更ながら思う。




 そして登校すると、校門で普段はいないはずの先生が挨拶をしていた。どう考えても昨日の俺のやらかしが原因でそうなったんだろう。


 後ろめたさから少し目を伏せて、「おはようございます」と担任に挨拶したら、「声が小さいよ!」とばかりにランドセルごしに背中をはたかれた。日ごろからテンション高い先生なので気にも留めなかったけども、今から思うに俺を気にかけてくれていたんだろう。


 とりあえず俺は騒ぎを起こすことなく、平穏無事に日々は過ぎて行く。




 そして、運命のあの日を迎えた。


「ねえ、ぼくのお兄ちゃんになってくれませんか?」

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