第3話 弟とパーティしていたら
12月も終わりに差し掛かるころ、終業式の後であきらに声をかけた。
「あきら!」
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「クリスマスパーティやるからお母さんがあきらを連れて来いって」
「……いっていいの?」
「当り前だろ?」
「うん、ありがと」
すこし下を向きながら答える。相変わらず引っ込み思案だな。
そして当日、といっても毎日のようにうちに来ているのでもう今更だ。パーティはお父さんが帰って来てからだけど、俺とあきらはお母さんを手伝っていた。
「あきらくん、お皿並べてくれるかなー。うん、ありがとね」
「い、いえ……」
「キャー、かわいい!」
うつむいてぼそぼそと照れるあきらを見てお母さんがあきらをむぎゅっと抱きしめる。あきらも顔を真っ赤にしながら戸惑いつつもされるがままになっている。よく見るとなんか嬉しそうだ。
別にお母さんを取られたとかは思わない。だって兄ちゃんだし。だから俺は無言でお母さんに言われた通りにひたすら泡だて器で卵をかき混ぜていた。
腕の感覚がなくなるころ、お母さんが電動ミキサーを取り出した。あまりのことに崩れ落ちる。そんな俺を見てお母さんとあきらは笑い声をあげた。
ちなみに、お父さんとお母さんの部屋に、きれいにラップされた箱が二つあることを俺は知っている。けども、知らんぷりするのがオトナの対応だよねとひとり悦に入っていた。
お母さんはてきぱきと指示を出す。俺たちはそれに従って料理を運び皿を並べ、飾りつけをする。クリスマスツリーを置いて、モールを巻いて行く。高いところの星はあきらが踏み台に乗って俺が足元でそれを支えていた。
ツリーの飾り付けが終わったら、「お兄ちゃん、楽しいね」と笑ったあきらの顔に見とれてしまった。可愛い奴だなって思って、この弟を絶対に守るんだと決意を新たにした。
「ただいまー」
「お、お父さん帰ってきたねー」
お母さんの顔がぱあっと笑顔になる。それまでのニコニコとはまた違った雰囲気で、なんというか……そう、きれいなんだ。
「よーし、お迎えに行くよー」
「「おー」」
お母さんを先頭に俺たちはお父さんを迎えに行く。
「おー、ありがとなー。可愛い息子たちよ!」
俺はお父さんのかばんを受け取り、あきらは上着を預かった。お母さんの指示に従って、それらをお父さんの部屋に片づける。
「腹減った、いい匂いだ、もう辛抱たまらーん!」
笑いながらテーブルに向かうお父さんに、「いけません! まずは手を洗ってうがいしてらっしゃい!」とお母さんのツッコミが入る。
「了解しました!」
なんか無駄に決まった敬礼をして洗面所に向かうお父さん。
本当にお腹が空いていたのだろう、普段は着替えてくるのに、今日に限っては上着を脱いだだけでワイシャツ姿のままテーブルについた。
「「「「いただきます」」」」
普段はお父さんはビールなんだけど、今日は俺たちと同じシャンパンっぽいジュースだ。
「家族なんだから同じものを飲むんだよ」
とちょっと気取って言っていたお父さんはお母さんにいじられて耳を真っ赤にしていた。
料理を平らげ、みんなで焼いたケーキを食べる。
「おいしいね、おいしいね。楽しいね」
あきらはなんか言葉を忘れてしまったように同じ言葉を繰り返していた。
こんな日までうちに来ていることに違和感もあった。けど、友達の中でも、親が忙しくて自分が起きている間に帰ってこないところもあって、あきらの親って忙しい人なんだなー程度の事しか考えていなかった。
今から思えばすごく能天気な思考だ。けど、子供の想像力ではそこが限界だったんだよな。幸せじゃない子供がいるなんて思いもしなかったんだ。
ガシャーンとガラスが割れる音がした。前に車が事故を起こした時のような音だったけど、それよりもっと近くから聞こえた。
あきらが顔を真っ青にしてすくみ上る。俺は思わずあきらを背にかばっていた。
「大丈夫、兄ちゃんがいるからな」
「うん、うん」
カタカタと震えている。何が起きているのかわからないけど、あきらが怖がっていることだけはわかった。
「ヒッ!」
喉から変な音が漏れる。それは俺の悲鳴だった。俺の身体も震えだす。怖い。怖い。
そこにいたのは人間とすら思えない形相をした男だった。手にはバットを持っている。
「あきら、ここにいたのか。さあ、帰るぞ」
え? こいつ今あきらって呼んだ?
「やだ、やだ、いやだよ……」
涙声のあきらに俺の震えが止まる。俺はキッと正体不明のおっさんを睨みつけた。
「聞き分けの無い子にはお仕置きだなあ」
ニイッと口元をゆがめる。笑っているのかもしれないがただ気色悪いだけだった。だから思わず叫んだ。
「俺の弟に手を出すな!」
その単語の意味を理解しかねたのか、おっさんはなんだか壊れたラジオのような声を上げている。笑い声に変なノイズが入っているようなと言えばいいのか。とにかく必死だった。
「じゃあ、お前から……お仕置きだあああ!」
そう叫ぶと俺にバットを振り下ろしてくる。思わず身をすくめると手を引かれた。
お母さんが俺を引っ張って移動させてくれて、その直後、ゴッと鈍い音が響いた。フローリングの床に細かいひびが入っている。
俺はあきらをぎゅっと抱きしめてかばい、そんな俺たちを守るようにお母さんが前に立ちふさがった。
そして、今まで聞いたことがないような声でお父さんがおっさんにこう言ったのだ。
「うちの子に何か用ですかね?」
その声を聞いたときお父さんには悪いんだけど、すごく怖かった。氷のように冷たい声だったから。けど同時にすごく安心したんだ。
「うるせえ、うちの子をさらいやがって! くたばりやがれ!」
振りかぶったバットを持つ手を先に近づいて押さえる。そのまま体当たりして吹っ飛ばす。バットはその時に転がって行った。
すると、ズボンにさしていた細長い包みを抜く。巻いていた新聞紙を取り去ると出てきたのは大きな包丁だった。
「殺してやる、殺してやるぞおおおおおお!!」
「ちっ!」
おっさんは包丁を突き出してこっちに向かって歩いてくる。え、あんなの刺さったら死ぬよな。え? お父さんが死ぬ? いやだ、いやだ!
何とかしないとって思うし、焦るんだけど、恐怖で身体はピクリとも動かない。ただ懐にかばったあきらの震えだけが俺を現実につなぎとめている。
「あなた!」
「任せろ。お前らには指一本触れさせん!」
お母さんの叫びにお父さんはかっこいいセリフで応える。すると、息ができるようになった。体も動きそうだ。
「ウガアアアアアアアアアアアア!」
もはや人語ですらない、ケダモノのような叫びをあげて突進してくる。
「ふっ!」
お父さんはズボンのベルトを引き抜いて、金具のついている方を振る。金具はおっさんの顔を直撃して怯んだ。
「えーい!」
お母さんのやたらほんわかした声が聞こえる。口調とは裏腹に、やっていることは凶悪だった。
さっきまで飲んでいたジュースのビンを相手の手に振り下ろしていたのだ。
「グガアアアアアアアアアア!」
おっさんは悲鳴を上げて怯む。お父さんが相手の襟をつかんで足払いをかけると、おっさんもろとも倒れ込む。
お父さんとお母さんの連続攻撃で、包丁は床を滑っておっさんの手元には無くなった。
「あきら、絶対に守るからな」
「うん!」
そう言って、おっさんを取り押さえようと揉みあうところに乱入し、俺は必殺技を放った。
「くらえ! スーパーデンジャラスキック!」
俺のつま先はおっさんの股間を撃ち抜いた。
おっさんは悲鳴も上げずに失神したのだった。
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