07.そこから出るなんて聞いてない
「まずここがどこなのかを調べる必要がありますね」
『嫌な予感もするけどね』
「僕がご主人様をお守りするから問題ないわ。僕が付いていれば千人力よ~!」
ふたりと一匹が並んで茜色の空を見ているときだった。空のかなたからゴマ粒ほどの何かが近づいてくるのが見えた。猛スピードで迫ってきているのか、ゴマ粒から豆、リンゴを経てかぼちゃの大きさになる。
近づいてくるそれは、翼を持った首の長い白い獣であるのが分かった。
「何かしら?」
『白い骨のドラゴンにしか見えないんだけど?』
「ドラゴンなんて絵本の中でしか見たことありませんの」
ネルとダイヤがそろって首をかしげた。
馬車くらいの大きさになるとその姿もくっきりと判明する。
長い首に大きな翼。艶めかしい尻尾。絵本でよく見かけるドラゴンの特徴を持っていた。が、それはすべて
そんな骸骨のドラゴンががばっと咢を開いた。
『あー、口の奥が真っ赤になってる。扁桃腺が腫れてるのかな?』
「呑気なことを言っていないの。魔法を使うからあたくしの後ろに下がっていなさい」
向かってくる骸骨のドラゴンはその最大の武器であるドラゴンブレスを吐くつもりでいるようだ。
地獄の業火に匹敵する温度で射程内のすべてを燃やし尽くすといわれる最凶の火炎だ。
そんなものを食らえばネルとて消し炭になってしまう。
だがネルは最強の魔法使いだ。経験のない相手でも怯むことなく立ち向かう。
ダイヤはトテトテと素直に従い背後に回ったが、スペードは逆にネルの前に背を向けて立ちはだかった。
「ご主人様を守るのは下僕の幸せ。あぁ、体が熱くなってきたわぁぁ~! ビクンビクンしちゃうぅぅ~~」
下僕は主人のための行動をとるときにはその能力が大幅にアップされるのだ。その力の恩恵で沸き立つほどの力を感じているスペードはその熱を快楽に変換し、悶えているのだ。行為自体は尊いと思うが色々台無しだった。
そんなバカなことをしていても向かってくる骸骨のドラゴンは大きくなるばかりだ。
ネルは一度目を閉じ集中力を高めた。体内のマナを感じとり、錬成していく。
臍のあたりにある熱を両腕にそそぐように移動させる。掌に集中したマナが炎のように熱く感じ取れる。
『き、きたーー! ねぇネルってば! 食べられちゃうよ!』
錬成を終えたネルが目を開くと大きく咢を開いた禍々しい骸骨が今にもブレスを吐こうとするのが見えた。
ネルはふふんと鼻で笑う。
「相手がドラゴンとわかれば手加減無用! 攻撃は最大の防御ですわ!」
ネルは両手を高く掲げた。
「骨は燃やせばいいのよ! 火炎の奏者よ、そのタクトに宿る滅びの焔を我が敵に!
詠唱を終えたネルの手が燃えるように真っ赤に光る。
「逝きなさい!」
ネルが掲げた両手を勢いよく振り下げた。が、ネルの手からは何も出ない。
「あら、やだ、なに、どうしちゃったぁはぁぁぁぁぁぁん!」
突然スペードの胸が灼熱色に輝きだした。そして執事服を焼ききり、焔の濁流が溢れだした。
「な、なんでですの!?」
「おぉぉぉぉっ! すっごぉぉぉい~」
スペードの胸から飛び出した焔の濁流は、煌めきながら溶岩流のごとく一直線に骸骨のドラゴンへと向かう。
熱波をネルに浴びせながら流れゆく濁流は骸骨のドラゴンを容易く呑みこんだ。
「ちょっと、なんで貴方の身体から魔法が出るのですか!」
「ぁぁぁぁぁ、ぃぃ~~~」
濁流が出きり、スペードは草原に転がりビクンビクンと痙攣している。顔はだらしなく緩み、ダンディさの欠片もみられない。
ネルは血相を変え詰め寄ろうとするも相手がこれでは話のしようもない。
『まぁ、考えたくはないけど、ネルが唱えた魔法が彼の身体から放出されたんじゃないのかな?』
ダイヤがテトテトと絶賛痙攣中のスペードの顔に近寄り、その肉球を押し当てた。
『吸血鬼を造ることは成功してても死人を造ることには失敗しているから、もしかしたら魔力を媒体として繋がってしまっているのかもね』
ダイヤの言葉にネルは恐れ戦いた。両腕は鳥肌で埋め尽くされ、悪寒が全身を舐めつくす。指先からぞわりと這いずるものが腕の中を迫ってくるのを感じ、眩暈で倒れそうだった。
「いやん、僕とご主人様が一心同体運命共同体なんて、素敵すぎるわぁ!」
いつの間にか復活していたスペードが、ネルを抱きとめた。
薄れゆく意識の中、夢であって欲しい、と願わずにはいられないネルであった。
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