06.下僕の吸血鬼は変態だった
「それで、わたくしとお父様やお母様を襲わせたのは誰なの?」
立ち直るまでに数分かかったが、ネルは本調子を取り戻した。そしてスペードに対して尋問を開始する。
「チェス帝国の宰相よ。名前は――」
「名前はどうでもいいわ。どうせ帝国の皇帝の命令で動いただけでしょうし」
『違うかもしれないけど、まぁ、帝国が黒幕なのは確かだね』
スペードの言葉を遮るネルに、ダイヤも同調する。
「お父様とお母様は……」
「残念だけど、もうこの世にはいらっしゃらないわね」
「貴方ッ!」
悪気もなく言い放つスペードの頬を、ネルは打った。スペードは避けもせず、バシンと叩いたその手を眺めている。
「きっと、お父様は生きていらっしゃる。我がクローバー家の魔法使いを舐めないで!」
ネルは目を潤ませ、悔しい気持ちを噛みしめ、叫んだ。
「ご両親には僕とは違う殺し屋が向かってるのよ。僕と同じく魔法が効かない身体の、ね。残念だけど」
スペードは少しだけ言い難そうだった。
「……希望は捨てません」
唇をぎゅっと噛んだネルが言葉を絞り出した。
『ネルもその辺にしてさ。ところで、ここってどこなんだろうね?』
ダイヤが仲介するように言葉をはさんだ。
ネルとスペードは、目を周囲に走らせた。
暗黒だった空間は茜色の空と焦げ茶色の草がどこまでも続く景色に変わっていた。燃え盛り崩れた屋敷の姿はどこにもなく、あるのはどこまでも続く焦げ茶色の草原だ。
空気はヒンヤリと肌を撫で、茜色の空を何かが飛んでいるのが見えた。
「……どこですの、ここ?」
「ん~~、少なくともハート王国の王都では、ないわねぇ」
ネルもスペードも、意見は一致した。まったく違う場所にいるのだと。
『ねぇ、ネル。さっき死霊魔術に失敗したよね?』
「人聞きが悪いですわ。成功し・ま・し・た。スペードはわたくしの下僕として言うことを聞くではないですか」
ネルはダイヤにプンすかと文句を言う。スペードは下僕と言われ、顔を紅潮させ喜びに震えていた。変態もいいところだ。
『でも、ここには空気中にあるはずのマナ元素を感じないんだ』
ダイヤはすっくと後ろ足で立ち上がった。そして前足で空をさした。黒いもふもふにピンクの肉球が素晴らしい。
「確かに、空気中のマナ元素を感じませんが」
『そこがおかしいと感じるんだ』
ダイヤは器用に前足で腕を組んだ。
「おかしいと言えばこの猫ちゃん――」
『ダイヤ』
「ダイヤちゃん?」
ダイヤは速攻でスペードに突っ込んだ。
「ダイヤちゃんって、愛しいご主人様の、なんなの?」
スペードは小さく首をかしげた。髭のイケメンで破壊力はあるのだが、いかんせん中身は残念なオネエだ。ネルの背筋にゾクリと悪寒が走る。
『僕はネルの使い魔さ。主に彼女の精神面でのサポートが主な任務さ。あと空間系の魔法も使えるよ』
ダイヤは艶めかしい黒い尻尾をにゅるっとしならせた。
『君のような死人に下に見られるのは屈辱だよ』
ダイヤはその猫の目を細めた。
だがスペードはニヤッとニヒルな笑みを浮かべた。外面だけは素敵な顎髭ダンディである。
「僕はただの死人じゃないのよねぇ。僕ってば、
スペードはにかっと歯を見せた。人間にしては長い犬歯がにょきっと顔を覗かせている。
青白い肌の色と尖った犬歯。確かに吸血鬼の特徴を持っているが、それだけでは証拠にならない、とネルは思った。思っただけでそうあって欲しいとは思っていない。
『……ねぇネル』
「その目はなんですの? 言いたいことの予想はつきますわ」
『偉そうに言ったって、やっぱり失敗じゃない?』
「でも、死人を造るつもりで吸血鬼のような高位のアンデッドを作り出したという実績には変わりありませんわ」
『ヤレヤレ、モノは捉え方で言いようも変わるもんだね』
ネルとダイヤが言い合っているその隙に、スペードはぬるぬるっと行動していた。音も気配もなくネルの背後に忍び寄り、その細い腰に腕をまわして捕まえたのだ。
狼狽えるネルを余所にスペードは天にも登って自らを灰にしかねないほどのだらしない笑みだ。
「うふふ、ご主人様は、可愛いわぁ~~」
恍惚に身をゆだねて今にも涎を垂らしそうな変態オネエ髭執事の吸血鬼は、若干ヤンデレも嗜んでいるようだった。
「は、離しなさい、この変態!」
「あぁ、たまらないその罵倒! 体がジンジン疼いちゃう~。だめぇぇ!」
ネルが叫べばスペードはその通り開放するのだが、トロリと目を蕩けさせて悶えるオネエ系髭ダンディ吸血鬼は悦の境地を彷徨っている。こげ茶の草原を転がりその快感を世に知らしめているようだ。
『ここまで来るといっそ清々しくも感じるね』
「はぁ、ちょっとだけ後悔しました」
ダイヤの気のない言葉にネルはがっくりと肩を落とした。
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