04.人間だれしも間違いを犯す

 燃える柱に貫かれ、空中で血を吐くネルと男。地面に吸い寄せられるように、ふたりは重なったまま落下した。


「油断……しすぎたわ」


 男はガフっと血を吐いた。其の血がネルの髪を赤く染める。


「予想以上に、痛いですわ……来なさいダイヤ!」


 男の身体の上に覆いかぶさるようにして柱に縫い付けられているネルが呼ぶ。すると燃え盛る屋敷の中から黒い猫がひたひたと歩いてきた。その顔はなんとなくしょげていて、髭も力なく垂れ下がっている。


『……残念だけど、ご両親はもう駄目だ』


 ダイヤの声は無念に満ちていた。

 ネルの命令で燃える屋敷の中を探索していたのだ。もちろん生存者を求めて。

 それが最悪の結果を告げることになった。


「……お父様も、何ら、かの……方法で、魔法を、封じられて、し、まったの、かも……」


 吐血しながら苦しそうに語るネル。


「はは、僕らの手は長いんだ。君の父上にも、当然伸びていガハッ」


 男が話をするたびコヒューコヒューと空気が漏れる音がする。肺に穴が開いたのだろう。

 その時、ネルの魔法で貫いている柱が砕け散った。解放されたネルは治癒魔法を使い、穴が開いた身体を治していく。


「貴方。誰の差し金か、言いなさい」


 お腹から陶器のような肌を露出させ、ネルが立ち上がる。血の赤に染まった額にはくっきりと皺が寄っている。

 それでもなお、業火に染め上られたネルは美しかった。


「グフッ……守秘、義務が、あるもの。冥府に、持って、いくわよ」

「素直に吐けば命を助けると言ったら?」

「ふふ、君が、僕の、ものに、なれ――」


 言い切る前に男は息を止めた。ガクリと横を向いたその目がネルを見つめているようで、気味悪く思い目を背けた。


『手がかりが死んじゃった』

「そうでもないですわ」


 ネルはしゃがんでダイヤを抱き上げた。にっと笑ったネルが言う。


「生き返らせてしゃべらせれば良いだけですわ」





 貴族の屋敷が数棟炎上しているというのに、兵士の影は見当たらない。ネルを乗せてきた馬車も御者ごとどこかに消えた。御者もグルだったのだろう。

 ネルは魔法で男の死体を宙に浮かせ、燃え盛る屋敷から少し離れた林の中に身を隠した。小さな林だが人が隠れるにはちょうどよく、燃え盛る火災の煙も林のはこなかった。


『さてネル。さっきは生き返らせるとか言ってたけど?』

「その言葉のまんまですわ」


 腕に抱かれたダイヤがネルを見上げる。ネルは血のついたままの顔でにっこりと笑い返す。


「だって死霊魔術が使えるんですもの。死人として生き返らせればわたくしの思うままですわ。隠し事など意味がありません」

『死人って生きてないよね』

「細かいことはどうでも良いのです。結果がついて来れば」

『……婚約破棄されて、良かったかもしれないね』

「何か言いまして?」


 ダイヤは力なくふいふいと頭を左右に振った。


「さて」


 ネルは屈んでダイヤを下すと男の死体に向き合った。腹に大穴があいているが、腕をお腹の上にくみ、棺桶に入る直前のような佇まいだ。


「本がないのがちょっと不安ですけど、ま、わたくしは天才ですから問題ないでしょう」

『……いきなり嫌なフラグ立てないでほしいな』


 ダイヤの言葉など聞こえていないのか、ネルは両手を肩の高さまで上げ、男の死体の上に翳した。目を瞑り精神を集中させる。


「彷徨える魂よ。イマだそなたが逝く時ではなく、モトある肉体へモドルのべし」


 唱えた文言にダイヤが首をひねる中、ネルはぐっと拳を握った。


「さぁ今こそわたくしの言葉に従い現世に戻り、甦るのです! 死人蘇生サモンアンデッド


 ネルの拳が黒く光だし、脈動する。その禍々しい輝きが落下するように男の体に吸い込まれた。

 ビクンと男の身体が大きく跳ね上がる。腹に空いた穴が急速に埋まっていく。


「ふふ、初めてでしたけど、成功ですわね」

『……でもさネル。いま、言葉間違えたよね?』


 ネルが「ふへ?」と言う顔をした瞬間、男の身体の黒光りが増し、巨大化し始めた。大きくなる黒い脈動は瞬く間にネルを、ダイヤを呑みこんだ。

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