伝承

 昔々、この地を守護していたある土地神様が、よその土地へ移ることとなり、新しい土地神を決めることになった。

 それに三匹の生き物が名乗りをあげた。『狐』『狸』『白蛇』である。

 土地神様は日が沈むまでに生き物の魂を百魂集めたものを新しい土地神として認め、残りのものは土地神の使いとなるように言い定めた。

 早速三匹は各々の方法で魂を集め始め、その中で五十魂を超えるのが最も早かったのは白蛇だった。次は狐、そして狸は最後。

 狐はこのままでは白蛇に負けてしまうと思い、狸に化けて白蛇の邪魔をした。そして今度は白蛇に化けて狸の邪魔をした。夕日に紫の雲がかかり、妨害にもめげずいよいよ白蛇が土地神様の定めに届く最後の魂に子供を選んだ。だが、それを狸は阻んだ。そうこうしている内に狐が百魂集めてしまい、土地神になった。

 狐の仕業と気づかないまま、まんまと騙された白蛇と狸。二匹は言いつけどおり神の使いとなった。土地神となった狐は御影みかげという名を賜り、白蛇は九十九つくも、狸は八十八やそやとそれぞれ名づけられた。


 だが、白蛇は土地神になった狐に嫉妬し、土地神に酷い執着心を持った。その様子を危惧した狐。そこでそっと白蛇に、

「本来ならば私よりも賢い貴女が土地神になるのが相応しい。狸に邪魔されなければ間違いなく貴女が土地神となり、この土地は貴女の慈愛に満ちた庇護に置かれていたことでしょう。私ではとても貴女ほどのことは務まりません。ですが今ここで土地神の座を譲ってしまっては、これを定めた前土地神様へ角が立ってしまいます。そこで、私たちが競いあった日のように、夕日に紫の雲がかかるとき、日が沈むまでに貴女が百魂集めたならば喜んで土地神の座を譲りましょう」

 と持ちかけた。

 そして最後に「聡明な貴女なら心配には及びませんが、百魂集め終えるその日まで、私との密会を含め一切を胸にしまっておいていただきたい。狸に感づかれでもすれば贔屓をしていると疑われ、互いの務めに差し障ります故……」

 そう括った。

 白蛇は狐の謙虚さに感じ入り、それを承服して務めに励んだ。

 だが、狐は狸にもそっと話をもちかけた。

「白蛇は土地神に固執していて、隙を見れば何をしでかすかわからない。どうか白蛇を見張ってほしい。他の者が何と言おうと、以前より貴方は白蛇よりも優れていると私は考えていました。百魂集めでは白蛇に後れを取ったものの、もし貴方が万事白蛇の行動を抑えてくれるなら、それは貴方が白蛇よりも優れていることの証明となります。なので次の土地神は貴方に任せたいと思う」

 と囁きかけた。

 そして、「往々にして白蛇は己の能力に自惚れているところがあるので、そこにつけ入り白蛇に従うふりをしながら日々の務めを果たしてください。また、白蛇が嫉妬してはいけませんので、どうか悟られぬよう内密に……」と括った。

 狸は思ってもみなかった自身に対する評価に感じ入り、期待に応えるべく務めに励んだ。

 一度ならず二度までも白蛇と狸は騙されたわけである。

 狐は夕日に紫の雲がかかる時は眠りにつくと二匹に告げた。

 約束通り白蛇は百魂集めを行うが、狸もまた約束通り白蛇の邪魔をした。何度やっても白蛇は百魂を集めきれず、狸もいつか土地神になれる日を信じて言いつけを守った。言葉巧みに操られる二匹。


 かくして大地は日照りも洪水も疫病が流行ることもなく、常に豊作に恵まれるなど、狐の悪知恵と白蛇、狸の働きにより素晴らしい恩恵に預かることとなった。夕日に紫の雲がかかるときを除いて……。

 夕日に紫の雲がかかる時は日が沈むまで虫の声も鳥の声もなくなり、その時間に外に一人でいる子供は神隠しにあった。ただすべての子供ではなく、運よく難を逃れた子供もおり、その子供たちは八十八様のご加護があったのだと大人は口々に漏らした。

 それ以来、夕日に紫の雲がかかる時は決して子供を一人で外へ出すようなことはなかった。それどころか年月が経つにつれ、いつしか大人も「九十九様に連れて行かれる」と気味悪がり一人で外へ出ることはなくなった。


 土地から戦争や移住で言伝えを知る者は徐々に数が減り、新しく移ってきた者は迷信と笑い聞く耳を持たなくなった。それでも数十年に一度、子供が行方不明になることはあったが、決して九十九様の仕業だとは言われず、事故や事件と片づけられるようになった。


 これがこの土地に伝わる九十九様と八十八様の因縁である。

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