第4話 ハワド面接③
その日も、兄はリビングで就職面接に向かう準備をしていた。リクルートスーツに着替え、書き込んだ必要を鞄に入れる。
「それじゃ、今日も面接に行って来る」
「いってらっしゃい」
「それから、ハワド。お前も来るだろ?」
ハワドはうんうんと頷いた。
あれだけ面接を落とされたのに、兄はまだハワドを抱えながら臨むつもりなのだ。
兄は慣れた手つきでハワドを胸元に抱え上げると、玄関のドアノブに手を掛けようとした。
「お兄ちゃん、それはダメ!」
「何がよくないんだ?」
「だから、ぬいぐるみを抱えながら面接を受けるのはよくないんだってば!」
「『ぬいぐるみ』ではない。ハワドだ」
つくづく、兄は面倒くさい性格をしていると思う。
「じゃあ……ハワドを抱えながら面接を受けるのがよくないんだよ」
「ほぅ、貴様の意見は面白いな。どれ、理由を聞かせてみよ」
ハワドのフェルトの瞳が私を見つめる。
円らで可愛らしい。
じっくりハワドを眺めていると、兄の気持ちも分からんでもない。ハワドのゆるふわな雰囲気が、ストレス社会で疲れた心に癒しを与えてくれる。
しかし、ここは心を鬼にして常識を教えねばなるまい。
「あのね……お兄ちゃんはぬいぐるみを抱えながら仕事する社会人を見たことある?」
「ある」
「でしょ……じゃなくて、あるんかい」
ここは「ない」からの、「人形を抱えながら仕事する人はいない」という流れになるはずが、話の流れをポッキリ折られてしまった。
「たった一度だが、ハワド系を抱えながら店番をする女性を見たことがある」
「へ、へえ……」
「だが、それ以降、彼女はその店に現れなくなった。俺の人生における七大ミステリーの一つだ」
「多分、その女性、店をクビにされたんじゃないかな?」
一体、どこの誰なのだろうか。
本当にそんな女性がいるなら、お目にかかりたいものだ。きっと兄と意気投合するだろう。
そもそも兄の「人生における七大ミステリー」って何なんだよ。
「おっと、もう時間だ」
「えっ」
「行ってくる!」
お兄ちゃんは家を出ていった。
もちろん、ハワドをその手に抱えたまま。
「ああっ、もう! どうしていつもこうなのよ!」
絶対に面接に落ちる。
何がどうあがいても落ちる。
そんなことよりも、「ハワド系を抱える女性」と「七大ミステリー」の方が気になったが。
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