第5話 ハワドローグ

 ある日、バイトから帰宅するとハワドの外見が少し変わっていた。

 黒い外套らしき布を巻き付けられ、ギラギラとしたサングラスをかけられている。

 ダイニングテーブルの上にちょこんと置かれ、一方の兄は離れたリビングで読書していた。


 何だこれ一体。


「お兄ちゃん、ハワドどうしたの?」

「今のアイツはハワドではない」

「え?」


 兄は今までに見たこともないほど真剣な表情で私へ振り向いた。


「今のヤツは……『ハワドローグ』だ」


 は?


「ハワドは強大な闇の力に飲まれ、暗黒面に陥ったのだ」

「な、何を言ってるの、お兄ちゃん……」

「あの不気味な光を見てしまったせいだな。今のハワドに近づくのはデンジャーだ。お前も気を付けろ」


 おそらく最近視聴した特撮から影響を受けている。


 私はハワドローグを掴み、角度を変えながら眺めてみた。


「随分と凝った装飾だね……」


 兄がハワドに着せる服は、ディテールにこだわって制作されている。

 黒い布地と対比するように貼られた蛍光色のアーマー。デザインがダーク感を出しつつも、近未来チックな雰囲気を醸し出している。

 ハワドローグ用の小さなサングラスは、黒色の針金をうまく曲げ、プラ板を接着して作ったらしい。


 才能の無駄遣いだ。

 どうしてここまでハワドローグの衣装にエネルギーを注いだのか。


「おい妹! 危ないぞ! 離れろ!」

「分かった、分かったから……」


 私が嫉妬する、兄の唯一の得意分野。

 兄の学校での成績は、家庭科と美術はいつも満点を獲得していた。

 ハワドに向ける情熱と、手先の器用さを、何か別の分野で活かせないだろうか。


「ハワドはどう思う?」


 私はハワドローグを元の位置に戻し、しばらく距離を置いた。

 その日の夜には元のハワドの姿に戻り、いつものように兄はそれを抱いて眠っていたが。


 愛着がないのか、ハワドローグの衣装はリビング近くに放置されている。夜中に私はそれをこっそり拾い上げ、フリマアプリで「人形用衣装」として出品して小遣いを得たことを兄は知らない。

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ウチのお兄ちゃんはまだぬいぐるみを抱えて眠ってます ゴッドさん @shiratamaisgod

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