第55話

「全く! どいつもコイツもウゼェんだよ!」


 和んだ空気にやっと変わった瞬間、ウゴウゴしていた天龍テンリュウが、手の拘束を解いて暴れ出した。

 期待していた四葉ヨツハは、すっかり牙を抜かれて闘争心を失ってしまった。

 は動く気配がない。


 このままでは何もせず未来に送り返されてしまう事になる。

 未来に戻ったら──どうなるかは分からない。

 ここが正念場だった。


 足の拘束は取れなかったが、腕だけで充分だった。

 床に這いつくばって腕を伸ばす。

 そして、その場にいた少女の足首を掴んで引きずり倒した。


李子リコ!」

 目の前にいた幼馴染が足を取られたのを見て、四葉ヨツハは声と共に手を伸ばした。

 しかし、その手は空を掴む。


 天龍テンリュウは、引きずり寄せた李子リコの身体を羽交い締め、その細い首へと手をかけた。

 その行為に、近寄ろうとしていた者たちの足が止まる。

 下手に手出ししたら、呆気なく李子リコの首ががれてしまいそうな雰囲気に、誰も動く事が出来なかった。


「今からこの女の首をへし折る。世紀の瞬間だ。よく見てろよお前ら」

 天龍テンリュウの悲願である。

 オートマータを排除し、人間の世界を取り戻す。

 いつか来てしまうAIの反乱を防ぐ為の、いわば聖戦。

 この首をへし折れば、それが達成されるのだ。


「じゃあな、世紀の犯罪者」

 天龍テンリュウは、喜びに震える手に力を込めた。


「そんな事させない」

 強い意志がはっきりが現れた凛とした声。

 李子リコに集中していた天龍テンリュウの視界に、すらりと伸びた足が入った。


 視線を這わせると、そこには仁王立ちした中邑ナカムラ眞子マコが、厳しい顔で天龍テンリュウを見下げていた。

「え……なんで──」

 天龍テンリュウは全ての言葉を言う事が出来なかった。

 思いっきり振り上げられた肉付きの良い美しい脚が、彼の顔面へとクリーンヒットした。

 鼻血を吹き出してもんどりうつ天龍テンリュウ

 眞子マコはその隙に、解放された李子リコの手を引いて抱きしめた。

「今のうちに!」

 眞子マコは振り返りざま、男たちに声をかけた。

 その言葉の意味を瞬時に理解した弘至ヒロシ真輔シンスケがすかさず動く。


 真輔シンスケは自失した睡蓮スイレンを倒れた天龍テンリュウの横に転がす。

 弘至ヒロシは暴れるタカを骨折部分を押して大人しくさせ、その隙にその身体を天龍テンリュウの上へと投げた。

 四葉ヨツハも動き、奴等が持ち込んだ荷物をその上に投げた。


李子リコ!」

 眞子マコの言葉に応じて、李子リコはポケットにしまっていた時間跳躍装置を取り出す。

 受け取った眞子マコはそれを起動させ、3人が束になっている所に投げた。


「じゃあね」

 李子リコは、鋭く3人を見据えてそう呟いた。


 その直後、激しい風と光が舞い起こる。

 耳をつん裂く不可思議な高音とともに、風と光が更に強くなっていった。


 巻き込まれないように眞子マコ李子リコを強く抱きしめる。

 弘至ヒロシ四葉ヨツハ京子キョウコを庇って上から覆いかぶさった。

 真輔シンスケはなんとか時間跳躍を見ていたかったが、刀義トウギに手を引っ張られて転び、そのまま彼に庇われてしまった。



 とても長い時間だったように感じられる。


 風が収まったのを感じて、李子リコは姉の腕の中から顔をのぞかせた。

 先程まで、自分の命を執拗に狙ってきていた人物たちの姿は、そこにいたコンクリート製の床ごとなくなっていた。


 念の為周囲を伺う。

 しかし、周囲には仲間たち以外の姿はなかった。

「……終わった……んだよね」

 先程から、終わったと思ったら──という事が続き、李子リコは 不審に思う。

 本当に、これで終わったのかと。

「終わったよ。今度こそね」

 優しい声が、李子リコの頭上から降ってきた。

 視線を上にあげると、笑った姉の顔が飛び込んでくる。


 その言葉に、李子リコは周りにいる人たちの顔を見回した。

 軽く打ち付けた頭をさすりながら起き上がったのは、津下ツゲ真輔シンスケ

 時間跳躍のその瞬間を見逃して、少しガッカリした顔をしている。

 その横には、彼を庇っていた刀義トウギが、横になりながらも李子リコに優しい目を向けていた。

 恐る恐る顔を上げる加狩カガリ弘至ヒロシと、その傍から顔を覗かせる棚橋タナハシ四葉ヨツハ胡桃クルミ京子キョウコ

 弘至ヒロシは敵が消えた事を確認すると、ヘナヘナと腰砕けになって床にヘタリ込む。

 四葉ヨツハ李子リコの視線に気がついて、気まずそうではあったがほんのりと笑顔を向けてきた。

 京子キョウコはそんな二人のやりとりを安心したかのように見ている。


「終わったんだ……やっと」

 ホッとした声を漏らし、姉の腕の中から這い出た李子リコは、倒れて動けない刀義トウギの元へと駆け寄った。

「マスター、ご無事ですか」

刀義トウギよりはね」

 李子リコは苦笑しながら、先程まで天龍テンリュウに押さえつけられていた首をさする。

 刀義トウギの視線に合わせるためにしゃがみ込み、ボコボコになったその顔をそっと撫でた。

 機械なので痛みはないのだろうとは思っているはいるが、それでもこの痛いしい姿に胸が痛くなる。


 こんな姿になるまで、彼は自分を守ってくれた。


「ありがとう、刀義トウギ


 李子リコは、沸き起こる喜びと感謝の気持ちを込めて、自分のオートマトンへと感謝の言葉を告げ、その首に抱きついた。

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