第51話

 小さな少女は、クローゼットに身を隠し、自分の肩を抱いてブルブル震えて縮こまっていた。


 夜、いつも通り家族におやすみの挨拶をして、いつも通り柔らかな布団へと潜り込む。


 いつも通り彼が寝る前の絵本を読み聞かせてくれて、

 いつも通り彼は暖かな手で頭を優しく撫でて部屋をそっと出て行く。


 それは、いつもの夜の事。

 いつも通りにそのまま朝を迎える筈だった。



 日付が変わるか変わらないかの頃、物音に少女は目覚めた。

 くぐもった誰かの声とゴトゴトと騒がしい音。

 少女は何事かとベッドから降りて、両親が眠っているはずの寝室へと向かって行った。


 そこで彼女が見たものは、


 リビングや廊下に散らばる、家族もの。


 あまりの恐怖に足がすくみ、頭が真っ白になって何も考えられなくなる。

 ゴトリと何かの音がした事に気づき、体を硬くした。

 壊れた電灯が、チカチカと規則性のない点滅を繰り返し、音の主の影を廊下の壁へと映し出す。


 それは、大きくいびつで、少女は悪魔が来たのだと思った。


 両親の寝室へと駆け込み、クローゼットの中へと滑り込む。

 少女は身体の震えを止めようと、自分の肩を抱いて縮こまった。


 悪魔がズルズルと何かを引きずるかのような音を立てながら寝室へと入ってきた。

 ゆるゆると何かを探るかのように辺りを見回している。


 悲鳴をあげてしまいそうなのを、自分の手を噛んで耐えた。

 しかし、恐怖はなくならない。

 あまりの恐怖に──悪魔を見ずにはいられなかった。

 クローゼットの戸をそっと開き、外にいる悪魔の姿を見ようとする。


 その時目に入ったのは──


 半壊した身体。

 人工皮膚が剥がれて剥き出しになった骨格。

 血なのかオイルなのか分からないテカテカ光った液体。


 恐ろしい形相で自分に伸ばされる手。


 悪魔は──彼女が大好きだった、子守ナニーオートマトンだった。


「イヤぁ!」

 伸ばされたオートマトンの手を、少女は必死に払いのける。


 一瞬躊躇したオートマトンだったが、それでも少女に手を伸ばすことはやめなかった。

 クローゼットの奥に縮こまる少女の頭を優しく撫でる。

「貴女を必ず守ります。私は子守ナニーオートマトン。貴女の為に存在するのですから」


 しかし、恐怖のあまり失神した少女の耳には、彼のその声は届いていなかった。


 気を失った少女をクローゼットから引き出して、残った片腕でなんとか抱きとめる。

 動かなくなった左足を引きずりつつも、彼は彼女を抱いて家の外へと脱出した。


 硬い地面にそっと少女の身体を横たえつつ、オートマトンは家の方へと向き直る。

 少女は家族を強盗によって奪われてしまった。

 この先、彼女に降りかかる苦労の事を様々想定し、どのように行動すべきかの絞り込みを行う。


 その時、騒ぎを聞きつけた近所の人々がワラワラと集まってきた。

 オートマトンは、少女の安全を確保する為に、集まった人々に声をかけようとする。

 しかし

「そいつが一家を殺したんだ!」

 人混みの中から、誰かがそう叫んだ。


 その声で、言葉の主が強盗だと彼は気づく。

 手を伸ばして、声を主を捕まえようとした。


 しかし、その手は誰も掴めなかった。


 起こった大惨事と、半壊して恐ろしい姿になったオートマトン、そして誰かを捕まえようとした彼の動きに、周囲の人々が集団ヒステリーを起こしたのだ。

 既に殆どが壊れていた彼を引きずり倒して、集団で蹴りつけ殴りつけた。


 オートマトン痛覚はあるが『痛み』としては感じない。

 激しい衝撃を受けながらも、自分を囲む人々の足の隙間から横たえた少女の安否を憂う。

 少女が目を覚まし、朧げな目で自分を見ていた。


 ああ、良かった。

 彼女は無事だ。



 オートマトンは、その事を最後に認知すると、その活動を停止した。

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