第50話

「鉄クズがぁ!」

 地面を蹴り、高々と飛び上がった睡蓮スイレンは、その勢いのままの飛び蹴りを刀義トウギへと見舞う。


 刀義トウギは、李子リコを腕に抱えたまま横に飛び退き、その一撃を簡単にかわした。


「ここで隙を伺っていてください」

 刀義トウギは壁際に李子リコをそっと下ろし、一歩遅れて逃げてきた眞子マコの顔を見た。

眞子マコ様、マスターをお願いします」

 そう短く告げて、睡蓮スイレンの元へと向かおうとした刀義トウギの服を、李子リコは軽く掴んで制した。


「無茶しないでね」

 心配げに見上げる小さな少女のその言葉に、刀義トウギは口の端だけを持ち上げて笑いかける。

「必ず貴女を守ります」

 そして、真っ直ぐに睡蓮スイレンの方へと向き直った。


 その様子を見て、睡蓮スイレンは歯ぎしりする。


 そんなものを見せるな──


 沸き起こる嫌悪なのか恐怖なのか分からない感情に蓋をする。

 目の前の物を壊して、憎い相手を殺す。

 ただそれだけだ。


 睡蓮スイレンはブーツとグローブのスイッチを入れる。

 すると、蒸気が吹き出して全身に力がみなぎった。


 このグローブとブーツは、一時的に使用者の筋力を増強させつつ圧力で更に威力を増す装置である。

 また、身体を衝撃から守るためのものでもあった。

 睡蓮スイレンの常人離れした動きは、このブーツとグローブのお陰である。

 しかし使いこなす為には、その反動に耐え制御する筋肉と精神力が必要だった。


 睡蓮スイレンみなぎる力を放出して床を蹴る。

 その反動に身体の節々が悲鳴をあげ始めていたが、彼女は気にしなかった。


 同じく肉薄してくる刀義トウギに、思い切り振りかぶった拳を叩きつけた。

 彼の左腕は動かない。

 右腕だけで睡蓮スイレンの拳を受け止めた彼は、その腕で彼女の腕を弾き蹴りを放とうとしてくる。

 しかし、その膝を睡蓮スイレンは同じく膝で受け止める。

 左腕が動かない事により隙だらけとなった刀義トウギの左脇腹に、渾身の回し蹴りをぶち込んだ。

 痛みに膝が悲鳴をあげる。

 しかし睡蓮スイレンは、歯を食いしばってその痛みに耐えた。


 刀義トウギの馬鹿でかい身体が横に吹き飛び、積まれたロッカーに突っ込む。

 もうもうと積もっていた埃が舞い散った。

刀義トウギ!」

 李子リコは悲鳴にも似た声を上げる。

 その声に、睡蓮スイレンは更にイラついた。


 ──昔の自分を思い起こさせられて。


 足をバタつかせて起き上がる刀義トウギの元へとゆっくりと近づき、彼が体勢を整える前に両手を構える。

 グローブから蒸気を噴き出させつつ、右、左と次々に拳の連打を彼の顔や腹にぶち込み続けた。


 ──コイツらがいなければ。

 私は家族を失わずに済んだ。


 ──コイツらがいなければ。

 私は裏切られることもなかった。


 ──コイツらがいなければ。

 独りにされる恐怖を味わう事もなかった。


「やめて!」

 後ろで少女の叫び声が聞こえる。

 睡蓮スイレンの首筋がゾワリとした。

 その悪寒を打ち消すかのように、更に刀義トウギをぶちのめし続ける。

「やめてよ!」

 更に少女が叫ぶ。


 ──誰か別の少女の声がオーバーラップして聞こえた気がした。


 やめて!

 私のオートマトンを壊さないで!!


「うるさいッ!」

 睡蓮スイレンは頭を振って追い縋る少女の悲鳴を打ち消す。

 ギラリと鋭い視線を李子リコへと向け、獰猛な殺意をたぎらせた。

 ブーツから蒸気を噴き出させて床を蹴ると、背後で小さくなっている少女の方へと迫った。

「じゃあ望み通りお前から殺してやる!」

 弾丸のような速度で李子リコへと走り寄り勢いそのままに腕を振りかぶった。


 しかし、

 突然背中に重い何かがぶち当たり、バランスを崩した睡蓮スイレンはそのまま李子リコの横の壁に激突した。


 腕でなんとか勢いを殺したが、全身が悲鳴をあげているのを感じる。

 憎々しげに立ち上がると、そばにぶっとい腕が転がっていることに気がついた。


 刀義トウギが左腕を投げてきたのだ。


 散々攻撃をガードして右腕はひしゃげ、ガードしきれなかった顔も微妙に歪んでいた。

 所々人工皮膚が裂けて赤い体液が滴っている。

 そんな、ボロボロで立ち上がる事も難しそうにする刀義トウギに、逃げた李子リコ眞子マコが走り寄った。


 李子リコは躊躇なく彼の胸へと飛び込む。

 刀義トウギも、彼女を抱きとめて守るかのように抱え込んだ。


「やめろ──」

 睡蓮スイレンはヨロヨロと立ち上がり、吐き出すかのように言葉を漏らす。

「やめろ!」

 叫んでいるのは、刀義トウギに対してか、李子リコに対してか。

「なんで助けるんだ! なんで助けようとするんだ!」

 それとも他の誰に向けてか。


 そんな彼女の叫びに、李子リコは真っ直ぐに彼女を見返して、負けない声を張り上げる。

「当たり前じゃない! だって刀義トウギは私を守ってくれてんだから!」

 同じように、李子リコの肩をしっかりと抱いた刀義トウギ睡蓮スイレンに言い返す。


「私はこの子の子守ナニーオートマトンです。

 例え私が壊れても、この子は必ず守ります。

 それが私の──家族と言ってくれたこの子自身が──存在意義だからです」


 ──必ず守るよ──


 さっきから、睡蓮スイレンの頭の中の声が消えない。

 誰かの声が、ひたすら睡蓮スイレンに呼びかけている。

 頭が痛い。

 脈動に呼応して何かがガンガンと頭の中を揺らす。


「やめろ……」

 睡蓮スイレンは頭を抱えて膝をつく。

「やめて……」

 痛みに目を瞑ると、瞼の裏に何かの影が蘇る。

「思い出させないでッ!!」


 睡蓮スイレンは、頭を抱えて床に突っ伏して、悲鳴のような声を上げた。

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