第48話

 工場内に響き渡った破裂音に、天龍テンリュウは驚いてそちらの方へと視線を向けた。


「あの野郎ッ……」

 音の主がタカだと予想した天龍テンリュウは苦々しく歯を食いしばった。

 時間跳躍には、火器はどんな化学反応を起こすか分からないから危険だと言ったのはタカだった。

 だから泣く泣くお気に入りの銃火器を全て置いてきたというのに。


 あとで見てろよ、タダじゃ済ませねぇからな。


 天龍テンリュウは拳を握りしめてそう誓った。

 タカを殴るには、まずこっちを片付けなければならない。

 天龍テンリュウは先程からチョロチョロ出たり隠れたりを繰り返す子供2人の方へと集中する事にした。


 さっさとカタがつけられると思っていた戦いは、相手が地の利を生かす事によって遅々として進まなかった。

 子供だと侮り、いたぶって殺したいという嗜虐的思考が邪魔をしたのだ。

 彼の身体は、ぶつけたれたトマトやカラーボールで色取り取りに汚れていた。

「逃げてんじゃねえよ腰抜けが! 男なら出てこいよ!」

 近くにあったロッカーを殴りつけながら天龍テンリュウは叫ぶ。

 チラリと視界の端に写った少年──津下ツゲ真輔シンスケの姿を追って走り出した。

 が──


 バインっ


 足が何かに取られてすっ転ぶ。

 しこたま打ち付けた腹を抑えつつ立ち上がり、足にくっついたソレを外す。

 塩ビパイプを使ったお手製のトラバサミだった。

「チクショウ!!」

 足から外したソレを地面に叩きつけ、天龍テンリュウは吠える。

 その瞬間、背中に衝撃を受けて前のめりに手をついた。

 床に転がるジャガイモ(生)を憎々しく目で追い、怒りで沸騰しそうな頭をもたげる。

「ふざけんなゴルァァァァ!!」

 地面に拳を叩きつけ、天龍テンリュウはガバリと起き上がった。


 先程から終始この調子である。

 子供騙しのお手製罠にかかっては、同じくお手製のポテトガンで狙い撃ちされる。


 完全に相手のペースに乗せられて、天龍テンリュウの頭は茹で上がりそうなほど血が上っていた。



 真輔シンスケは物陰に隠れながら、ヘアスプレーを充填しつつ吠える相手の様子を伺っていた。


 何本か用意したポテトガンは、既に何回か撃っては充填しを繰り返している。

 そろそろ銃身にしたパイプが保たない。

 破裂して真輔シンスケ自身が傷つく可能性が高まってきていた。


 充填には四葉ヨツハも協力している。

 天龍テンリュウ真輔シンスケが引きつけている間に、隠れて動く四葉ヨツハが撃ち終わったポテトガンを充填して置いておいたり、床に罠を仕掛けたりしていた。


 が、そろそろそれも限界に達しようとしていた。


 相手が疲れて油断したところを、スタンガンでトドメを刺すつもりだったが、天龍テンリュウの体力は化け物並で、疲れた風には全く見えない。


 ヘアスプレーを充填したポテトガンにカラーボールを詰め込み、真輔シンスケは床に置いた。

 撃ったばかりのポテトガンは、銃身が熱くなっている為、冷まさないと暴発の恐れがあるのだ。


 四葉ヨツハが充填してくれている筈のポテトガンが置かれた予定の場所に、真輔シンスケはこっそりと移動し始めた。

津下ツゲくん」

 殆ど囁きのような声が耳に届く。

 声のした方へと振り返ると、四葉ヨツハが机の下に身を縮こませていた。

「今詰められている分で球は終わり。予定の位置に配置してあるよ。ただ、罠はもうこれだけ。どうしよう……」

 四葉ヨツハは、手にしたトラバサミを真輔シンスケに見せながら呟いた。


 真輔シンスケは、短い時間の中で頭をフル回転させる。

 天龍テンリュウを捕まえるには、やはりスタンガンを使うしかない。

 しかし、作れたスタンガンは3つのみ。

 今手元にあるのは1つだけ、しかもそれは使い捨てだった。

 一度スイッチを入れたら、放電しつくすまで止まらないし、その時間も長くはない。

 外したら最後である。

 確実に天龍テンリュウに当たるタイミングでしか使えない。


「俺が囮になるから、棚橋タナハシは背後からヤツに気づかれないように近づいて、これで仕留めるんだ」

 そう言って、真輔シンスケはポケットの中に忍ばせていたスタンガンを四葉ヨツハへと手渡す。

「囮にって……どうやって?」

「アイツは遠距離武器を持ってない。だから俺を殺すには近づくしかない。俺を殺そうとした、その瞬間を狙って」

「そっ……そんな事出来ないよっ」

「出来なくても──」

 その瞬間、またロッカーを殴りつけた音が比較的近くからした。


「やるんだ」

 真輔シンスケは短くそう告げて、身を低くして走った。

「見つけたぞ小僧!」

 動く真輔シンスケの姿を確認した天龍テンリュウは、素早く床を蹴って真輔シンスケへと肉薄する。


 鍛え抜かれた太い腕が、走る真輔シンスケの背中を捉える前に──

 真輔シンスケはポケットから取り出したモノを天龍テンリュウの顔めがけて思いっきり投げつけた。


 真輔シンスケはノーコンだったが、奇跡的にソレは天龍テンリュウのデコに当たって弾け飛ぶ。

 広がった粉を顔面で浴びて、天龍テンリュウは顔を抑えて怯み上がった。

「目がァ! 目がァァ!!」

 何処かで聞いたセリフを叫んで狼狽する天龍テンリュウの足元に、プラスチックの半球形のケースが落ちる。

 ガチャガチャのケースに小麦粉を詰めた、お手製の煙幕だった。


「逃げろ!」

 その言葉に呼応して、四葉ヨツハが机の陰から飛び出す。

「クソがぁ!!」

 目が一時的に見えなくなった天龍テンリュウが振り回した腕が、運悪く四葉ヨツハの背中にぶち当たった。

 彼女は衝撃で床に倒れ込み、手にした最後の罠を落としてしまう。


 手応えを感じた天龍テンリュウは、目を擦ってなんとか片目の視界を確保する。

 床に突っ伏した四葉ヨツハを見つけると、彼女の髪の毛を鷲掴みにした。

「うぐっ!」

 四葉ヨツハは痛みに悲鳴をあげたが、逃れようと髪を掴んだ天龍テンリュウの腕を掴み返す。

 しかし、歴然とした力の差はどうしようもなく、上を向かされた四葉ヨツハは、眼前に寄せられた小麦粉と涙でグチャグチャになった天龍テンリュウの顔を見ざるを得なかった。

「舐めた真似してんじゃねぇぞ」

 男の生暖かい息が顔にかかって、嫌悪で四葉ヨツハは顔を歪める。

「お前は──」

 四葉ヨツハを舐める勢いで顔を寄せていた天龍テンリュウの背中に、トマトの一撃が食らわされる。

 しかし、熟れたトマトでは牽制にもならなかった。


「お前はそこで大人しく見てろや」

 天龍テンリュウは、後ろから攻撃してくる真輔シンスケを意に介さない。

 今がチャンスとポケットに手を入れようとした四葉ヨツハの手を取り、髪から手を離してすぐさまもう片方の腕も捉える。

 彼女の両手首を片手で鷲掴みにして上へと持ち上げた。


 四葉ヨツハがギリギリ爪先立ちになるぐらいまで彼女を立たせると、近くに隠れたはずの真輔シンスケへと声をかける。


「姿見せねぇと、コイツがどうなるか分かんねぇぞ?」

 空いた方の手で、四葉ヨツハの顎を掴んで上を向かせる。

 周囲を見回しても、真輔シンスケの姿はまだなかった。


「そっか。いいんだな。じゃあしょうがねぇ」

 仰々しくそう言うと、天龍テンリュウ四葉ヨツハの顎にかけていた手を外し、そのまま彼女の胸元の服を掴む。

 何をしようとしているのか四葉ヨツハは理解し、足をバタつかせて抵抗した。


 その瞬間、四葉ヨツハのポケットに忍ばせていたスタンガンがポロリと床へと落ちる。

 それを見た天龍テンリュウは、なるほどとニヤニヤした。

「スタンガンか? 残念ながら俺には効かねぇよ。この服がただの服だと思ったら大間違いだ。

 ま、使うチャンスもなくなったけどな」

 そう鷹揚に告げると──


 四葉ヨツハの服を引き裂いた。

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