第46話

 猛烈な勢いで6つの飛来する小さな独楽コマ

 胡桃クルミ京子キョウコはその形を確認する前に、前転してその場を離れる。


 寸でのところで独楽コマの襲来を回避した。

 健康の為にと習い始めた合気道での受け身が、こんな所で役立つとは京子キョウコ自身も思っていなかった。


 チラリと加狩カガリ弘至ヒロシの方を見ると、鈴蘭スズランにのしかかられて首を絞められようとしている。

 胡桃クルミ京子キョウコは、先程見たもので確信した事がある。

 弘至ヒロシの方をそれ以上見る余裕はなかったので、立ち上がって走り出しながら大声で叫んだ。

「首のベルトを取りな! それが制御装置だよ!」


 何かの電子音がして、鈴蘭スズランの首に巻かれた黒いベルトが光った瞬間、彼女が起き上がって弘至ヒロシに襲いかかったのだ。

 間違いない。

 しかし、確認する程の余裕はない。

 京子キョウコは先程用意したアレを取りに戻るべく、再度物陰へと飛び込んだ。



 胡桃クルミ京子キョウコの声が聞こえ、弘至ヒロシは必死で抵抗しながら鈴蘭スズランを見上げた。

 確かに、自分と一緒にいた時にはしていなかった黒いベルトが首に巻かれている。


 片腕でも物凄い力で、弘至ヒロシは両腕で鈴蘭スズランの手を押しとどめるのが精一杯だった。

 首に巻かれたベルトを外す余裕などない。

 しかし──やるしかない。

「ごめんっ……鈴蘭スズランつ」

 弘至ヒロシは彼女に小声で謝ると両手を離す。

 鈴蘭スズランの手が弘至ヒロシの首を掴み握りつぶすその前に、彼は彼女の襟を掴んで引き寄せ、その首に腕をかける。

 全身のバネを使って首投げし、彼女を床へと叩きつけた。


 形勢逆転して彼女に馬乗りになる弘至ヒロシ

 鈴蘭スズランが抵抗する前に、弘至ヒロシは彼女の首に巻かれたベルトを引きちぎった。


 そして──


 ポカンとした顔をする鈴蘭スズラン

 抵抗せず自分にのしかかる弘至ヒロシの顔を首を傾げながら見上げる。

弘至ヒロシさん? こんな所でするんですか? なかなか大胆ですね」

 そう言って自分の上着に手を掛けた鈴蘭スズランを慌てて止め、

「違うよ! でも……おかえり鈴蘭スズラン

 彼は泣き笑いのような顔で、いつも通りに戻った彼女の頬を撫でた。



「何処だババァ! 隠れてないで出てきやがれ!!」

 顔を真っ赤にして叫ぶタカは、6つの飛行する独楽コマで転がる椅子を弾き飛ばしながら憎々しい相手の姿を探した。

 しかし、おかしな積まれ方をした机や棚、そして点々としか付いていない電灯が、多数の死角を作り出しており、隠れているはずの人物を見つける事が出来なかった。

「こっちだよ、お馬鹿さん」

 後ろから声がかかり、タカは勢いよく振り返る。

 しかし、眼前に勢い良くぶちまけられた白い粉のせいで、前が全く見えなくなってしまった。

 そして、足を滑らせて物凄い音をさせながら机の上から転がり落ちる。

 床に倒れこんだタカに、オマケとばかりに手にした消火器を投げつけて、京子キョウコ弘至ヒロシの元へと走って戻っていった。


「どうだった?」

 立ち上がった弘至ヒロシの横に、先程彼の首を絞めようとしていた女性が立っている姿を見て、自分の仮説が正しかった事を確認する京子キョウコ

「もう大丈夫です」

 弘至ヒロシ鈴蘭スズランは目を見合わせて、笑顔で頷きあった。


「もう許さねぇぞババァ……ッ!」

 粉で真っ白になりながらゆらりと立ち上がったタカは、座った目を京子キョウコたちに向ける。

 弘至ヒロシは咄嗟に、背中に京子キョウコ鈴蘭スズランを庇った。

 タカは部屋の隅に置かれた自分の荷物へと走り寄る。

 大きな袋の中から、3人に背を向けたまま黒い大きな塊を取り出した。

 ソレが何なのか弘至ヒロシたちが確認する前に──


弘至ヒロシさん!」

 鈴蘭スズランが叫んで、横にいた京子キョウコを突き飛ばし、前にいた弘至ヒロシの背中に体当たりした。


 鼓膜を破らんばかりの強烈な破裂音。


 その直後──倒れつつ後ろを確認しようとした弘至ヒロシの目に、


 ほんの少し笑顔を残したまま──

 穴だらけになって後ろに吹き飛ばされる鈴蘭スズランの姿が写った。

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