第43話

 夜も更け始めた頃。

 破棄された工場は、まだ片付けられていない荷物が其処彼処そこかしこに散乱していた。


 此の所の不況の煽りを受けて倒産した工場だった。

 経営者は夜逃げ同然で姿を消したと胡桃クルミ京子キョウコは聞いている。

 逆に、夜逃げ同然で逃げてくれたからこそ、工場内には高価な機材以外の物──スチール製の机や椅子、ロッカーや棚から段ボールまで──が、そのまま残されたここを罠を張って待ち構える場所に選んだのだ。

 ここなら、広さもあるし身を隠せる物もある。

 幸い電気もブレーカーを入れれば問題なく使えた。

 ただ、いくつかの蛍光灯は割れており、点々とした光が雑然とした屋内を照らし出していた。


 そこに身を潜めるのは、中邑ナカムラ李子リコを始めとするメンバーたち。


 建物の一番奥に隠れているのは、左腕を三角巾で吊った刀義トウギ、その横に寄り添う中邑ナカムラ李子リコと姉の眞子マコ


 少し離れた場所に待機するのは、何本もの塩ビパイプが突っ込まれた鞄を背負った津下ツゲ真輔シンスケ棚橋タナハシ四葉ヨツハ


 建物の入り口近くに陣取るのは、油断なく辺りを見回す加狩カガリ弘至ヒロシと、パソコンを開いて何かを監視する胡桃クルミ京子キョウコだった。


 シンと静まり返る雑然とした工場内に、ピンと張った緊張感を纏う空気が流れている。

 しかし、長時間それに耐えられない人物もいた。

「敵はまだ来ないのかな?」

 首から下げたトランシーバーで、離れた場所に居る胡桃クルミ京子キョウコに話しかけたのは中邑ナカムラ李子リコ

 沈黙と緊張感に耐えきれなかったのだ。

 すると京子キョウコは、パソコンの画面を眺めながら、ふぅむ、と変な声を漏らしてトランシーバーに返答を返す。

「まだみたいだね。向こうさんはこちらの動きを知ってるはずだから……突入作戦でも練ってるのかもしれないねぇ」


 そう、胡桃クルミ京子キョウコは、相手側が自分たちの動きを把握しているだろうと予測済みである。

 真輔シンスケのスマホに盗聴アプリが仕掛けられていたからだ。

 遠隔やら何やら、色々な方法で敵はこちらを認知しようとしてくる。

 最初に胡桃クルミ京子キョウコのホームサーバがハッキングされたのも、李子リコを監視しようとしての動きだったのだと、京子キョウコは確信していた。


 恐らく、今の世の中では世間に溢れかえるデバイスからは逃れられない。

 あらゆる場所に設置された監視カメラだけでなく、道行く人達全てのスマホも危険だ。

 使用者が知らない間にカメラを起動させ画像を撮って送って解析し、居場所を特定するかもしれない。

 それぐらいの事は、やろうと思えば現在の技術でですら出来てしまう。


 例え遠隔で撮らなくても、他人が何の気なしに撮影した画像の中に自分がいたら、その存在を隠すことなんて不可能なのだ。


 だから、京子キョウコは相手がこちらの動きを分かっていることを前提として動いていた。

 しかし、拍子抜けするほど、すぐには相手側に動きはなかった。


 何故動かないのか。罠を張って待ち構えている事を警戒してか?

 警戒するレベルの罠などこちらが用意できない事は分かっているはず。

 なら、何を恐れている?

 こちらには、ボロボロのオートマトンと子供が3人、ひ弱な男と運動不足の女、そして死にかけババアしかいないのに──


 京子キョウコは、周囲を監視するカメラの画像を見ながら、相手方が仕掛けて来ない理由を考えていた。


 と、その時──


 京子キョウコの画面に映っていた画像のいくつかが突然ブラックアウトする。

「来たよ」

 胸にぶら下げたトランシーバーに向かって、京子キョウコは短くそう告げた。


 その場にいた全員が、一斉に身体に緊張感をみなぎらせた。

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