第44話

 待機命令がやっと解除され、睡蓮スイレン天龍テンリュウ、タカ、そして鈴蘭スズランは、李子リコたちが籠城していると思われる場所へと赴いた。


 すっかり陽も落ちて鈴虫やらカエルやらが盛大に鳴いている。

 大きな月が、雲のない夜空にポツリと存在していた。

 明るい月が地面に陰を落とす。


 落ちた影は濃く、自分の足元に広がるあなのようだと睡蓮スイレンは思った。


睡蓮スイレン、この先どうすんだよ」

 色々な機材が入った大きな鞄を抱えた鈴蘭スズランを従えたタカが、前を行く睡蓮スイレンの背中に尋ねる。

「何も。ただオートマトンを壊し、中邑ナカムラ李子リコを殺すだけ。もう許可は出てる」

「周りをチョロチョロしてるヤツらは?」

「始末しろ」

 タカの方へと振り返らず、端的にそう告げて前だけを見ている睡蓮スイレン

 タカと天龍テンリュウは顔を見合わせて肩を竦めた。

「ま、許可されてんなら思いっきりるだけだ。楽しみだぜ」

 肩をゴリゴリいわせて回しながら、天龍テンリュウはニヤリと笑った。


 暫く行くと、李子リコたちが隠れた廃工場が見えてくる。

「ちょっと待ってろ」

 鈴蘭スズランに合図して走るタカ。

 工場近くの電柱の下で立ち止まり、上を見て工場から伸びる電線のうち1つを確認する。

「アレ出せ」

 睡蓮スイレンに再度合図を送ると、睡蓮スイレンは抱えた鞄の中からリール式コードのついた機械をタカに手渡す。

 コードを引き出してグルグル振り回すと、上に向かって投擲とうてきした。

 コードの先端が鉤針状になっているソレは、工場から伸びる1本のコードに巻きつく。

 機械からもう1本のコードを引き出し、鈴蘭スズランから受け取った端末へと挿した。

 しゃがんで膝に端末を置き、画面を開いてキーボードをカタカタと叩くと、いくつかのウィンドウがポップアップして黒地に白の文字が大量に流れて行った。

「監視カメラが動いてやがる。あのババアだな……」

 再度キーボードを操作して監視カメラの制御を断ち切った。

 監視カメラに接続していた先を辿ろうとしたがブロックされる。

「チッ」

 舌打ちし、様々なコードを流すが全て弾かれる。どうやら物理的に切断されたようだった。

「取り敢えず、向こうの監視は遮った。スマホの接続も全部ジャックしてる。これで連絡方法もなくなった筈だ。光学障壁もセットしとく。いいぜ」

 電線に付けていたコードを外しながら、タカは後ろにいた2人へと声をかけた。


 鈴蘭スズラン天龍テンリュウは辿り着いた廃工場の前に立つ。

 天龍テンリュウが、閉められた大きな鉄製の扉をこじ開けた。


 耳を塞ぎたくなるような金属の摩擦音がして人1人が通れるほどの隙間が出来ると、睡蓮スイレン天龍テンリュウの横をすり抜けて先に中へと入った。

 中には灯りが点々とついており、所々に大きな影を作っている。

 建物に一歩入った時点で立ち止まり、睡蓮スイレンは辺りを見回して目標を探した。

 点々とした灯りが所々に大きな影を作っている。


 と、正面で睡蓮スイレンは視線を固定した。


 建物の最奥。

 妙に積まれた机やロッカー、棚などの隙間を縫って行ったその先に──

 子守ナニーオートマトンの刀義トウギと、彼に肩を抱かれた李子リコの姿があった。


 カッと目を見開いた睡蓮スイレンは、ブーツから蒸気を噴出させて地面を蹴る。

 高く飛び上がった睡蓮スイレンは、障害物を物ともせず、刀義トウギ李子リコの元へと一直線に向かった。


睡蓮スイレン!」

 先走る仲間に危機感を覚えた天龍テンリュウは、積まれた机などを避けながら睡蓮スイレンの後を追った。

 監視をブロックしても、それ以外にも準備されている可能性があるからだ。

 それを証拠に、だ。

 重い体でダッシュして、先を行く睡蓮スイレンの背中を見ながら天龍テンリュウも奥へと入って行った。


「2人とも先走り過ぎだっての」

 最後にタカが、端末片手に部屋の周囲を見回しながら入ってくる。

 完全に中へと入ってから光学障壁装置を展開させた。

 これで、工場周囲へ音や影が漏れることはない。

 鈴蘭スズランから荷物を受け取って先に行かせ、タカは周囲を注意深く探りながら歩をすすめた。


鈴蘭スズラン……」

 男の声がする。

 視線をそちらへ向けると、朝方ボコボコにした男が驚いた顔をして立っていた。


 タカはニヤリとする。

 この男──加狩カガリ弘至ヒロシが、この恋人スウィートオートマトンに名前をつけて人間のように扱っていた事を思い出したのだ。

 タカの目が嗜虐的に輝いた。


 端末を弄ってからインカムのスイッチを入れる。

 通常、仲間同士の通信用として使っているソレの接続先を、鈴蘭スズランへと変えた。

 鈴蘭スズランの設定も、行動起因をタカからの音声のみに遠隔で変更する。


 そして、周りには聞こえない程の声量で呟いた。

「男に笑顔でゆっくり近寄れ。こっからは許可するまで返事すんな」

 言われるがまま、鈴蘭スズランは男──弘至ヒロシの方へとゆっくり笑顔で近づいて行く。

鈴蘭スズラン?」

 返事もせず、貼り付けたかのような笑顔を崩さない鈴蘭スズランに、弘至ヒロシは違和感を覚えた。

 しかし、分からず、目の前まで歩いてくる鈴蘭スズランと、距離を取る事もしなかった。

 手を伸ばせば、直ぐにでも触れられる位置まで辿り着いた時──


『男の目を潰せ』

 タカの口から残酷な言葉が紡がれた。

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