第39話

 大して広くないリビングに、膝を付き合わせて座る大人達が4人。


 教師・加狩カガリ弘至ヒロシ

 姉・中邑ナカムラ眞子マコ

 着物の妙齢な女性・胡桃クルミ京子キョウコ

 そして、刀義トウギ


 それぞれ、腕を組んだり眉根を寄せたり苦虫を噛み潰したかのような顔をしていた。


 部屋の端に座った少女2人は、ホームセンターから買ってきた材料を広げ、スマホを見ながらあーでもないこーでもないとやっている。

 夏休みの工作をしている小学生のように、キャッキャと楽しんでいるようだった。


「問題は、どうやって罠をしかけるか、ですね」

 加狩カガリ弘至ヒロシが、渋い顔をして頭を捻っていた。

「あと、もし制圧する事が出来たとして、制圧した者達をどうするか、でしょうか」

 左腕を三角巾で吊った穏やかな口調の刀義トウギ

「警察に突き出すってワケにもいかないだろうしねぇ」

 腕組みした胡桃クルミ京子キョウコが、ふぅむ、と変な声を出す。

「でも、反省とかして大人しく引き下がるとも思えませんしね」

 眞子マコが、眉根を寄せて耳たぶを触りながら呟いた。


「相手を誘き寄せる場所は決まった。

 しかし、落とし穴とか古典的なものは使えない。罠といっても相手を捕縛したり怪我をさせたりは無理だろうね。

 せいぜい、牽制するぐらいだ。

 相手を捕まえるのは、私達自身って事になるね」

 胡桃クルミ京子キョウコは視線を空中に固定したまま喋る。

「例え無事捕まえる事が出来ても、その後の扱いも困る……と。まったく、本当に厄介なヤツらだねぇ」


 良い案が出ず、大人達はそれぞれまた難しい顔をして黙りこくってしまった。


 その時


「未来に帰しちゃえばいいんじゃないの?」


 緊張感のない声が、大人達以外から上がった。

 発言主は李子リコ

 塩ビパイプを手にして大人達の方を見ていた。

「そんな……帰すったって、この時代にはまだ時間移動する為のモノが──」

「ありますよ」

 胡桃クルミ京子キョウコの否定の声を遮ったのは、李子リコではなく刀義トウギだった。

「あります。時間跳躍の装置。私がこの時代に来た時のものが」

 そう言って、彼は作業着の上着は脱がずに中のランニングだけ捲り上げる。

 脇腹に指を食い込ませると、先日とは逆側の胸筋をめくりあげた。

 その中に手を突っ込みゴソゴソとさせた後取り出したのは、彼のデカイ掌にやっと収まる程度の大きさの、円筒状の機械だった。

「コレがそうです」

 全員の前に差し出す。

 李子リコ四葉ヨツハもそれを覗き込みにやってきた。

「……なんか……思ってたのと違う……」

 ポツリとそう零したのは弘至ヒロシだった。

「時間移動の機械が……まさかこんなに小さいとは……」

 同じ感想を漏らしたのは京子キョウコだった。

「いえ、それは逆です。やっとこの大きさまで大きく出来たのです」

 そう答え、刀義トウギはまた装置を自分の胸筋の奥へとしまい込んだ。

「これがあれば、未来へ送り返す事が可能だと思われます」

「なんでもっと早くに言わないんだい!」

「聞かれませんでしたので」

「……」

 京子キョウコは呆れた顔で刀義トウギの至極真面目な顔を見返した。

 そんな様子をポカンと見ていたのは眞子マコだった。

「私……それに似たもの、持ってます……」

 彼女が側に置いていた鞄に手を突っ込み取り出したのは、色こそ多少違えど、同じような円筒状の機械だった。

「アンタ、それをどこで?!」

 胡桃クルミ京子キョウコが腰を浮かせる。

「今朝、刀義トウギさんと女性が戦ってた時に、女性が落としたんです」

 円筒状の機械を眞子マコから受け取った刀義トウギは、ソレをクルクル回しながら確認する。

「確かに、跳躍装置のようですね。1回分、エネルギーが残っているようです」

 眞子マコにソレを返しつつ刀義トウギはあっさり告げた。


 その言葉を聞いて、弘至ヒロシはブルブルと震え始めた。

 武者震いである。

「こっちに時間跳躍の機械が2つもある! これって……凄い事ですよね……ッ!」

 湧き上がる興奮が抑えられないと言わんばかりに腰を浮かせた。

「そうだね。これで相手とどう決着をつけるのかが決まった。その為の手段を考えるよ」

 パンっと、両手を一度叩き胡桃クルミ京子キョウコは景気付けをする。

「さぁ、そうと決まれば。りっちゃん、よっちゃん。ソレをさっさと作っちゃいな!」

 手が止まっていた李子リコ四葉ヨツハに、京子キョウコは途中で放り出された材料たちを指差す。


 しかし、そう言われて李子リコ四葉ヨツハは顔を曇らせた。

「どうしたの?」

 その様子に気づいて、眞子マコが首を傾げる。

「その……作り方動画見ながら作ってるんだけど、イマイチよく分からなくて……」

 李子リコにしては珍しく、モゴモゴと歯切れの悪い言い方をする。

李子リコが不器用で」

 ズバッと言ったのは四葉ヨツハだった。

「そっ……んな事はあるかもだけどっ! 動画だと細かいところが分からないんだもん! 詳しい内容が書いてあるサイトもあったけど……その……よく分かんないし……」

 最初は勢いよく食ってかかった李子リコだったが、言葉が尻すぼみしていく。

「よっちゃんにも難しいのかい?」

「はい。用語が兎に角分からないものが多くって」

 眉尻を下げて、申し訳なさそうな顔をする四葉ヨツハ


 京子キョウコも困った顔をして顎をさする。

 彼女が得意とするのはIT系──いわばソフト側だ。

 ハード方面はいささか苦手である。

 困って弘至ヒロシの顔を見たが、彼は手と首をブンブンと振って拒否。

 眞子マコも肩を小さくすぼめた。


 その時


「俺が……やってみます」


 掠れた小さな声で──しかししっかりとした意思を感じる声でそう呟いたのは、

 リビングの入り口に立つ、津下ツゲ真輔シンスケだった。

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