第38話

 無駄に広いマンションの一室。


 迷彩服の大男──天龍テンリュウは、カウチソファにドッカリと腰を下ろしつつも、小刻みに膝を動かして貧乏揺すりをしていた。


 まどろっこしいやり方に、フラストレーションが溜まり苛々が止まらないのだ。

 チマチマ遠回りなやり方は、彼の性に合わない。

 何かを思いっきり殴り付けてスッキリしたい衝動に駆られるが、彼は我慢していた。


 部屋の片隅でニコニコしながら正座をする美女──鈴蘭スズランを一暼するが、彼女に手だしすることは出来ない。

 彼女の持ち主──タカは、独占欲が強いのだ。

 貸せと言っても断られるのが目に見えている。


 解消できない鬱憤を抱えて、彼は膝を小刻みに震わせるしか出来なかった。


「そろそろ頃合いなんだが……動きはねぇなぁ。別行動してたヤツらも家に戻ったようだけど……」

 天龍テンリュウの鬱積した気持ちも気づかず──というか興味もなく──端末の画面に表示された地図とアイコンをジッと見つめたまま、独り言なのか報告なのか分からない声を出した。

 そして、そんな彼の横に付き従う鈴蘭スズランは、破れた襟元もそのままに、ひたすらニコニコとしてただその場に座っているだけだった。


「なんでボスはこんな回りくどいやり方をすんだ?」

 貧乏揺すりを一旦止めて、天龍テンリュウはタカの背中へと問いかける。

「さてなぁ。俺はこの時代で好き勝手出来ればそれでもいいさぁ。ここは天国。やりたい放題だからな。個人情報吸い上げまくり。売りまくり。稼ぐのは簡単だなぁ。ここに移住してぇなぁ」

 ひひひひと、肩を揺らして引き笑いをするタカに侮蔑の視線を天龍テンリュウは向けた。


 タカは、自分と違って崇高な目的を持っていない。

 いや、持ってはいるが目的遂行の意思が弱いのだ。

 反吐か出る。

 なんでボスは、中邑ナカムラ李子リコを闇に葬る重要なミッションのメンバーにコイツを選んだんだか。


 そうは思いつつも、天龍テンリュウはタカがメンバーに選ばれた理由も分かっていた。

 彼の持つ技術は、所属する団体の中ではピカイチだった。

 性格には難ありだが。


「あっ。あの小僧の携帯の電源落とされた。バレたな」

 地図から1つアイコンが消えた事に舌打ちするタカ。ひび割れた唇をペロリと舐めて、地図とは別のウィンドウを立ち上げる。

 そこには、とあるマンションの入り口とエレベーター内部の画像が表示された。

「外出はやっぱ映像で確認かなぁ。面倒クセェなぁ。廊下にも部屋にも監視カメラねぇし、家はネット入れてねぇみたいだし……原始人生活かよ」

 独り言の声の大きさではないが確実に独り言である言葉をブツクサ呟くタカ。


 その時、ガチャリと扉が開いて、ブーツを抱えた睡蓮スイレンが入ってきた。

「次が最後の襲撃だ。それで中邑ナカムラ李子リコにトドメを刺す。それまでに、英気を養っておけ」

 部屋にいる3人にそれだけを伝えると、反応を見ずに窓のそばに置かれたトランクの上にブーツを置く。

 両腕のグローブを少し手間取りながら外した。


「とうとうか。長かったな」

 右手の拳を左手に打ち付けて気合いを入れる天龍テンリュウ

「もう終わりかー。つまんねぇなぁ」

 つまらなそうにそう呟くタカ。


 睡蓮スイレンはトランクの中にグローブとブーツをしまって鍵を閉める。

 2人には見えない位置で自分の震える腕と掌を見た。内出血を起こしてできた青あざが、彼女の白い腕を彩っていた。

「あと、もう少しだ」

 そう呟いて、ぎゅっと手を握りこんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る