第37話

 自分の腕をマジマジ見て驚いた少年──津下ツゲ真輔シンスケは、李子リコの首や手首を抑えていた手をゆるゆると外すと、掌を穴が空くほど凝視する。


「俺がっ……なんでっ……」


 まるで、腕が勝手に動いたと言わんばかりに恐怖の表情をする。

 ブルブルと全身を震わせ、自分の頭を掻き毟る。

「やめろっ……そんな事聞きたくない……そんな事出来ないッ!」

 李子リコの上から転がり倒れ、身体を小さくして体の震えを大きくする。

「やめろ! やめてくれ!」

 耳を塞ぎ、大声で何かを打ち消そうと叫んでいた。


 ヨロヨロと起き上がった李子リコは、縮こまる彼の肩にそっと触れる。

津下ツゲくん……?」

 乱れた襟元を正しながら彼の顔を覗き込むと、彼は怯えた目で李子リコを見上げていた。

「俺に近寄らないでくれっ……」

 触れられた手を払いのけ、真輔シンスケは自分の身体を強く抱きしめる。

「俺はっ……中邑ナカムラをっ……」

「どうしたんだいっ?!」

 その時、音と声で異変を察知した胡桃クルミ京子キョウコが部屋に飛び込んできた。

 部屋の隅にうずくま真輔シンスケと、心配そうに見下げる李子リコを見て、何があったのか状況を判断しようとしたが、まるで理解出来なかった。


「りっちゃん! 何があったんだい?!」

 そう声をかけると李子リコ京子キョウコの胸へと飛び込んでくる。

 その身体を抱きとめると、彼女が震えている事に気付いた。

 真輔シンスケは、相変わらず小さくなって何かをブツブツと呟いている。

津下ツゲくんがっ……突然起きて……私をっ……でもっ……」

 李子リコが説明にならない言葉を発する。


 その時、胡桃クルミ京子キョウコの頭の中でパズルのピースがパチリと繋がった。


 人質に使われるかと思った真輔シンスケが帰ってきた。

 意識を混濁させた彼が、突然目覚めて李子リコに何かした。

 何故真輔シンスケは無事に解放されたのか?

 それは


 李子リコを襲わせる為。


 方法は分からない。

 しかし、相手は未来から来たらしい。

 例えば判断能力を奪い、言う事を聞かせるなんらかの方法を持っていたとしたら──


 なんて残酷な奴らだ。


 京子キョウコ李子リコを抱く手に力を込める。


 そうだ。

 李子リコを殺すことなんて、方法さえ問わなければ簡単なはずだ。

 なのに相手方はそれをせず、こんなジワジワと李子リコを追い詰めるかのような行動を取っている。


 本当に、李子リコを殺す事が目的なのか?

 こんなのはまるで、子供相手に精神的に拷問しているかのような──


「ただいまー。いやぁ、ホームセンターってなんでもあるんだねー」

 呑気な声とともに、玄関が開く音がする。

 買い出しに出ていた眞子マコの声だ。

「まーちゃん!」

 京子キョウコは鋭い声で帰ってきた人物の名を呼ぶ。

 呼ばれた本人は、その緊張感みなぎる声に、手にした袋を床に落として部屋に駆け込んで来た。

「何?! どうしたの?!」

 部屋の中の様子を見て眞子マコは呆然と立ち尽くす。

 その後ろから

「どうしたんですか?」

 四葉ヨツハがひょいっと顔を覗かせた。

 覗き込んだ彼女も、その異様な雰囲気を察して息を飲んだ。


 まるで分からない状況に、その場で全員が立ち尽くすしか出来なかった。

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