第25話

 加狩カガリ先生が連れていた女性が、オートマトン。


 興奮冷めやらなかった李子リコも、流石に覚醒した。

 ──鼻にティッシュを詰めた無様な姿ではあったが。


「先生……それって……」

 李子リコが震えた声で理由を尋ねようとしたが、刀義トウギの声に掻き消される。

「やはりそうでしたか」

 納得の声を出す刀義トウギに、李子リコは非難の声を上げる。

「知ってたの?! なんで言わなかったの?!」

「聞かれなかったので」

 しれっと答えた刀義トウギを、肘でどつく李子リコ

「オートマトンは一目でそれと分かる身体的特徴を必ず持っています。正確に言うと耳です」

 刀義トウギは自分の左耳を指差す。

 李子リコは言われて、刀義トウギ鈴蘭スズランの左耳を交互に見たが──よく分からなかった。

「見慣れていないと判別は難しいのかもしれないですね。具体的には──」

「いい。説明いらない」

 ピシャリとそう止めたのは、こめかみを抑えたままの眞子マコだった。


「貴女もオートマトンだとして……それをどうやって信じ──」

 眞子マコがそう言おうとした時

「はい。私にもコントロールパネルがあります。ご覧になりますか?」

 そう言って鈴蘭スズランが自分の上着を捲りあげようとする。

「ダメダメダメダメ! 女性は! 人前で! 服を捲らない!」

 加狩カガリ弘至ヒロシ鈴蘭スズランに飛びついて、その手を止めさせた。

「そうですか」

 鈴蘭スズランはあっさり引いた。


「彼女がオートマトンだって事は信じるわ。で、なんで彼女はここに居るの? 彼女も李子リコに何かする為に来たの?」

 眞子マコは、今度は両手で両方のこめかみを揉みしだいている。

「いいえ。私は気づいたらここに居ました。それまでの記録はありません。借主情報もNULLヌルでした。その為、起動した時に目の前にいらっしゃった弘至ヒロシさんを賃借人として登録しました。……あ」

 説明途中の鈴蘭スズランは、何かに気づいた顔をして加狩カガリ弘至ヒロシを見た。

弘至ヒロシさん。そろそろバッテリーが30%を切ります」

「ああ……走ったりしたからね」

 そう呟くと、弘至ヒロシ真輔シンスケの方へと向き直る。

「ごめん。コンセントを借りてもいいかな。……電気代は後日返すから」

「え……いいっすよ。電気代も別に……」

「親から怒られるよ。かなり電気代かかるから」

「いや、ウチ工場なんで。多分大丈夫っすよ」

 そう言い、真輔シンスケは部屋の端にあるコンセントを指し示した。

 すると鈴蘭スズラン真輔シンスケに三つ指ついて頭を下げる。

「ありがとうございます」

 するりと立ち上がり、指し示されたコンセントの所まで歩いていくと、コンセントの隣の壁にしなだれ掛かる。

 行動がいちいち艶っぽい。

 彼女はゴソゴソと自分の背中を弄ると、一本のケーブルを取り出して、そのコンセントに挿した。

「では弘至ヒロシさん、おやすみなさい」

「うん、おやすみ」

 ニッコリと微笑み、鈴蘭スズランは目を閉じた。


 その様子を見ていた真輔シンスケが、訝しげに眉根を寄せた。

「……60年後も、現代と同じ型のプラグなんスね……」

 なんとも不可思議な光景だなと真輔シンスケは感じていた。

 人と問題なくコミュニケートでき、自立歩行が出来る程の高性能の機械が、冷蔵庫と同じという──彼の倫理観が揺らぎそうな出来事が、目の前で起こっていた。

「恐らく、ですが」

 真輔シンスケの疑問に答えたのは刀義トウギだった。

恋人スウィートオートマータも様々な家庭に貸与されます。中には古いコンセントや低電圧のままの世帯もあるのでしょう。子守ナニーオートマータが貸与されるようになり、プラグ形式も新型に徐々に変更されていっておりますが、その施工率は私の時代でもまだ83.49%です」

 それを聞いて、李子リコは首を傾げる。

「あれ? じゃあ、あなたも充電が必要なの?」

「はい」

「あ、じゃあ、そっち使っていいよ」

 真輔シンスケが、鈴蘭スズランが座るのと反対側の壁のコンセントを指差した。


 しかし、指し示されても刀義トウギは正座を崩さなかった。

「……恋人スウィートオートマータは体重を軽くする為にバッテリーが小さく、私よりも比較的頻繁に充電が必要ですが、私は……」

 彼には珍しく、言葉を濁す。

「充電しなくていいの?」

「……」

 先程と変わって言い淀む刀義トウギに、李子リコは眉根を寄せた。

「今、どれぐらいバッテリーが残ってるの?」

「お教え出来ません」

「なんで!」

 李子リコは立ち上がり、鼻にティッシュを詰めた顔を刀義トウギに寄せる。

 それでも刀義トウギは口を開かなかった。

「もしかして、プラグの形が合わないんじゃないの?」

 四葉ヨツハはそう言いつつ、興奮する李子リコを宥めた。

 ついでに、また鼻血出るよ、との言葉付きで。

 それを聞き、李子リコは渋々座り直した。

「はい。それもあります。また、例えこの時代の工場用高電圧コンセントでも、1時間に充電出来る量は、私の稼働電力の数%程度です。

 どんだけバカでっかいバッテリー積んでんだ……真輔シンスケはその事にビックリする。

「でも、しないよりマシなんじゃないかな。……あ、でもプラグの形か……」

 弘至ヒロシ鈴蘭スズランを一瞥してから刀義トウギを見る。

「ちょっと充電ケーブル見せて」

 真輔シンスケがおもむろに立ち上がると、刀義トウギの前に進みでる。

 刀義トウギはその顔を見上げて少し逡巡した後に──作業着の上部を脱いだ。

 ちょっと飛び上がる李子リコ

 四葉ヨツハが『鼻血、鼻血』と、彼女に耳打ちしていた。


 白いランニングシャツも脱ぎ捨て、真輔シンスケに背中を見せる刀義トウギ

 自分の腰骨辺りに指をめり込ませると、カチリという音が彼の腰のあたりからする。

 刀義トウギの背中側に回った真輔シンスケ弘至ヒロシは、背筋をめくる動作に一瞬肩を震わせた。

 真輔シンスケは、目の前に現れた見たこともないプラグ形式にゴクリと唾を喉を鳴らす。

「リールコードの横にハッチがあり、中に様々な形式の変換器が入っています」

 刀義トウギは正面を向いたまま、後ろにいる真輔シンスケに説明する。

 その言葉に導かれ、真輔シンスケはリールコードの横にある小さな扉を開いた。中に、数個の小さな四角い箱が収められていた。

 いくつかを取り出し、真輔シンスケはマジマジと見つめる。

「……あ」

 その中の一つを見て、彼は声を漏らした。

「多分、コレなら使えそう」

 真輔シンスケには手にした一つに見覚えがあった。

「これ、ドイツのプラグに似てる」

 次第に饒舌になっていく真輔シンスケに、弘至ヒロシは意外そうな視線を向けた。

「多分、そう。待って、工場の倉庫に変換器転がってるはず。ちょっと見てくる」

 そう言ってスクリと立ち上がって真輔シンスケは部屋を足早に出て行った。

 弘至ヒロシには、彼の表情には殆ど変化が見られないように思えたが──

津下ツゲくん……なんか嬉しそう……」

 李子リコは意外そうな顔をして、真輔シンスケを見ていた。


 あ、コレ喜んでるんだ。

 よく分かったな。


 弘至ヒロシはむしろ、そんな李子リコに驚いた。


「さて。宙吊り問題を片付けちゃいましょうか」

 今までやり取りを静かに見ていた眞子マコが、改まった様子で弘至ヒロシに向き直る。

「あのオートマトンはいつから貴方と一緒に居るの?」

 真剣な眼差しを向けられた弘至ヒロシは、刀義トウギから眞子マコに視線を移し、あれは──と記憶を掘り起こす。


「夏休み前、7月に入ったばかりの頃だったと思う。だからそろそろ一ヶ月になるのかな……」

 弘至ヒロシの言葉に、四葉ヨツハが驚く。

 そんな前から弘至ヒロシの元に鈴蘭スズランがいたとは──


 四葉ヨツハの驚きには気づかず、弘至ヒロシ鈴蘭スズランと出会った経緯、一緒に過ごす事となった理由などを眞子マコ達に語るのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る