第19話
「じゃあ……貴女が代わりに殴られる?」
歪んだ微笑みを携えながら、真っ白な髪の美しい女性が近づいてくる。
肘まであるグローブから蒸気のような煙を吹き出し、女は右腕を振りかぶる。
しかし、
「マスター!」
大男が、初めて声を荒らげた瞬間だった。
今まで、殴られて首が変な方向に曲がろうが、脇腹を蹴り飛ばされて地面を這いずろうが、反撃の素振りすら見せなかった大男──
そしてそのまま、横から女に肩でタックルをかける。
100kg以上ありそうな大男の全力タックルを受けて、女は横に跳ね飛ばされた。
女が地面に転がるのとほぼ同時に、大男はすぐさま
「マスターに手出ししないでいただきたい」
先程までの柔らかい物腰とは打って変わり、毅然とした態度でそうハッキリ告げる。
サングラスをしていないため
「このっ……」
一度地面に転がった女だが、全身のバネを使って跳ね起きる。
自分の歯が当たって切れた唇をベロリと舐めた。
「ポンコツの分際でっ……」
彼女の両足のブーツから、先程グローブから出たような蒸気が吹き出す。
「私に触るなァ!!」
女が、ヒビが入るほどの力で地面を蹴り、
姿を追うだけでも大変なスピードだったが、
女は空振りした突撃の勢いを地面を蹴って殺し、すかさず
早い動きとは思えぬ素振りでそっと
肉薄していた女は
しかし、薙ぎ払われた勢いは強く横にゴロゴロと転がった。
その時、ハッと我に帰ったのは
あまりの出来事に呆然としてしまっていたのだ。
自分の生徒たちが危険な目にあっているというのに。
「
尻のポケットに入っていたスマホを並び立っていた
そして自分は、転がった女と生徒たちの間に走り込んだ。
「事情はよく分からないがこれ以上はやめて下さい! 警察を呼びますよ!」
ちょうど立ち上がろうとして立膝の状態になっていた女が、そう言う
「呼べるものなら呼んでみろ」
地を這うかの如く低い声でそう呟く女の言葉に、
「圏外になっています」
そう言われて、
見覚えのない、暗く横道のなかった路地。
現在地も分からない。
少し広くなって空き地のように見えるが……地面はアスファルトだが周りがよく見えない。
家があるのか塀があるのかすら判別できない。
そういえば、自分たちが来た路地すら見えなくなっていた。
何か、得体の知れないものによって、方法は分からないけれど閉じ込められた。
電波もない状況なら、きっと何らかの方法で音も遮断されている筈。
その証拠に、すぐ近くにある沢山の家から漏れてくる筈の生活音がしない。
しかし、今がどんな状況だとしても、生徒たちを守らなくちゃ。
何故なら、自分は先生なのだから。
拳を握り締めて女と対峙する
立ち上がり、ゆっくりとした動作で近づいてくる女に、
人を殴った事もないし、むしろ殴り方すら知らない。
でも
生徒たちが殴られるぐらいなら、自分が殴られた方がいい。
「先生!」
その声に、
「邪魔だ」
女が腕を伸ばしてくる。
その手を振り払おうとして、
相手は女性。しかも、10代後半とおぼしき若さで美人。
ゴツいグローブやブーツを着けてはいるが、露出した腕などは
女性に暴力──
生徒を守りたいという気持ちと
その一瞬の隙をつき、女は
振り上げられた膝が、
「ぐふっ」
肺から空気が漏れてザコ敵のような声が漏らして地面に転がった。
「弱っ!」
そう、自分は弱い。
昔から弱い。
強かった事など一度もない。
沸き起こった庇護欲で強くなれた気がしたが気のせいだった。
後ろでそんな様子を見ていた
自分も男である。
同級生より背も高いし身体もがっしりしている。自分も
でも一歩を踏み出せている。
それに比べて自分は……
握り締めた手が震えている。
体験した事のない事態に身体が本能的に反応していた。
これは恐怖か武者震いか──
しかし、一歩が出ない。
前に立つ大男──
それが余計に
「マスターに手出しするなら容赦しません」
低く渋い声で、ゆっくり近寄ってくる女にそう警告する
「お前に出来るのか?」
そんな言葉を、女は鼻で笑い飛ばした。
「え?」
大きな背中に守られて安心していた
すると、
「……もともと警備を用途としないオートマータは人に暴力を振るえないようになっています。それに私は、
聞きなれない言葉に
「ナニー?」
「はい。私の用途は子守り。乳児から義務教育終了までの子供のお世話をする事です」
「そんなナリでっ?!」
「よく言われます」
ヘビー級プロレスラーのような出で立ちで、子守り。
林檎すら粉砕できそうなその手でするのはオシメを変える事。
え? 意味がわからない。
「あのっ……その筋肉は……」
黒いツナギの作業着の下に隠した筋骨隆々とした身体はなんだと言うのだ──
「オートマトンなので本物の筋肉ではありません。主な用途は鑑賞。マスターの好みなので」
「つまり……」
「見せかけです」
あ、ダメ。コイツきっと使えない。
しかしすぐさま復活して周りを見渡し、なんとか逃げる方法はないものかと模索する。
だってまだ──時期じゃない
「目的は?! 貴女の目的はなんですか!」
模索する
この状況を打破する為には自分がなんとか動かなきゃ。
体は動かなくても、口はまだ動く。
「目的?」
女がそう問われて小首を傾げる。
何かを考えて──暗く淀んだ目を真っ直ぐに
「そのオートマトンを壊す事。メチャメチャに」
その言葉を発した瞬間、女のグローブからまた蒸気が上がった。
「そして──」
猛烈な嫌悪と怒りで燃えた眼を、真っ直ぐに
「
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